編集者という職業はクリエイティビティが重要とされるものの、それ以上に重要なのが「心遣い」というヤツです。
いかにして、取材相手に嫌われないか、大先生のヘソを曲げないようにするか、無理難題を押し付けるデザイナーやライターに気持ちよく仕事をしてもらうか――こういった配慮を延々し続ける仕事なのです。
私は2001年にライターになったのですが、当時から同世代の編集者が妙に配慮上手で、こなれている姿を多数見てきました。そして、年齢が上がるにつれ、その配慮っぷりが上がっていくのですね。
別の業界の人と会食でもしようものなら、「ここ、口コミサイトで『日比谷×個室×和食』で上位なんっスよ。予約するの大変なんっスよ」なんて平気で言われる昨今でありますが、「これまでの経験と先人の知恵を元にワシは店を選ぶ!」と息巻くのが編集者です。
そこで今回は、一流編集者が選ぶ「スイーツのお土産」と、これまでに私ごときではあるものの、出版社の方々に接待をしていただいたお店を紹介しましょう。多分、歴代の編集者で受け継がれた「鉄板」的なお店だと思いますので、皆様もお楽しみいただければ、と思います。
富ヶ谷のエッグタルト
まずは、小学館の国際情報誌・SAPIOの弥久保薫編集長です。
ある日、隣で仕事をしていたのですが、その時に編集者のS君に「お土産といえば、富ヶ谷のエッグタルトだろう」と弥久保さんは言っているのですね。どうやら、校了間近に、デザイン事務所に色々苦労をかけているため、デザイナー女性数名にスイーツを差し入れしよう、ということになりS君に託すことになったようです。
それを聞いた別の女性スタッフも「あぁ、富ヶ谷のエッグタルトは美味しいですよね」と言うではありませんか。
すると、S君は「富ヶ谷ってそんな遠いところ行けませんよ!」と言います。ちなみに富ヶ谷という場所は、渋谷から徒歩20分ほどで、最寄駅は小田急線代々木八幡駅、千代田線代々木公園駅で、それほど小学館のある神保町からは遠くはありません。
S君が行くのを嫌がっていたので、たまたま富ヶ谷に行く用事があった私が代わりに買いに行き、エッグタルト6個入りを購入することにしました。
「富ヶ谷 エッグタルト」で検索したところ、すぐに「ナタ・デ・クリスチアノ」という名前が出てきます。画像検索をしても相当多数出てきます。ポルトガルの植民地だったマカオの名物がエッグタルトですが、この店もポルトガル系のスイーツ店ですね。代々木公園の駅近くには、同名のポルトガル料理店があり、こちらも評判であることは元々知っていました。
行列店であるとの情報があったので、極力早めの時間に行こうと水曜日・開店時刻の10時に行ってみました。
するとまだ誰もいない!すぐに注文ができ、エッグタルト6個を購入しました。小学館へ行き、S君に託したところ、すぐにお礼の電話が来て、こう言われました。
「いやぁ!いつもムチャを聞いてくれるデザイナーさんが、『あぁぁ!これ、ナタ・デ・クリスチアノのエッグタルト!食べたかったの!』と言い、取り合うように食べていました。本当にありがとうございました!喜んでくれました!」
これに気を良くした私は、以後エッグタルトを様々な場所へ持って行くようになるのですが(4ヶ所だけど)、いずれも高評価であります。
「パリパリしていて、皮がすごく塩っ気があって、酒飲みの人、甘いものが好きではない人でも食べられます。エッグの部分は、甘くてプリンみたいで、とにかくおいしい!」(30代・ライター)
「いやぁ、中川さんからもらった後、飲み会の後に6個ペロリと食べてしまったほどおいしかったですよ! 本当は妻と娘にもあげたかったのですが、ついつい家に帰ってから一人で全部食べてしまいました……」(30代・編集者)
「うわ、これ、マジウマい!」(IT企業役員男性・3つ一気に食べた)
「何コレ、おいしい! どこの店? タタタタターン(検索の様子。キーボードを打ち、最後に勢いよくEnterボタンを押す)。あぁ、富ヶ谷のエッグタルトね!」(広告制作会社・30代女性)
というわけで、「富ヶ谷のエッグタルト」オススメです。あとはまた、この店のチキンパイもビールのつまみに良いですよ
スイーツに超詳しい某一流出版社の編集者・A氏登場
さて、私個人は大酒飲みのため、まったくもってしてスイーツ類が分からないのですよ。これ以上、自分の体験から語ることはできません。
そこで、スイーツに超詳しい某一流出版社の編集者・A氏に聞いてみました。以下、A氏による紹介です。
マカロン
やっぱり、忙しく働いてくださる方へのお土産に持って行くのはマカロンですね。
表参道のラ・メゾン・デュ・ショコラや、ピエール・エルメ・パリみたいに、ちょっと名の知れた店のマカロンを持っていきますよ。大体、デザイン事務所に行く時とかは切羽詰まっている時で、編集者が遅れさせていて、デザイナーを待たせているからこちらも申し訳なく思っているわけですよ。
(ラ・メゾン・デュ・ショコラ)
だからこそお土産を持って行き、その場でラフ(雑誌等の企画の設計図的なもの)を書いて『私も今仕事していますよ!』、という感じにする。女性が多いところではマカロンが効く。でも、編集者の言い訳に慣れているような事務所であれば、「チッ、女が多いからマカロン持って来ればいいと思ってるんでしょ。まったく」という感じになります。
〇〇ロール
そういう時は、地元のどうでもいい和菓子屋の和菓子を持っていく。あとはよくある地元の「○○ロール」みたいなやつです。バニラが強いカスタードが特徴の○○ロールってのがあるのですが、マカロンに飽きた人に対しては、地元のケーキやのどうでもいい商品を持っていくと喜ばれるものです。
マフィン
あとは、マフィンも喜ばれますね。ディーン・アンド・デルーカのオレオが乗っかっているマフィンを出しましょう。
「アッー! オレオだ!」というリアクションをもらえれば、デザイナーのやる気を半日引っ張れます。
クッキー
代々木上原のクルミのクッキーの店。なんだったかな。あぁ、そうだ「西光亭」ですね。あそこのスイーツも女子には喜ばれます。箱もリスの絵が描いてあってかわいいし、メッセージも入れられるんですよね。ここのものを持って行くと「慌てて用意したんじゃないな」ということになり、手間をかけたことを理解していただけます。
チョコレートケーキ
あとは、ツッカベッカライカヤヌマのザッハトルテは効きますよ!
普通にケーキとか持ってこられても、言い訳やお詫びの品みたいな感じになりますが、ここのは違う。キチンと「あなたに食べていただきたいのです」という気持ちが伝わりますね。シュークリームの某店とか、チェーンのケーキ屋とかはありがち過ぎるのです。ちゃんと一点モノのお店で、その店の看板ケーキを選んで買った感じを出しましょう。
(ツッカベッカライカヤヌマ)
焼き菓子
あとはオーボンヴュータン(等々力)みたいに、欧州の伝統的な焼き菓子が得意なところは重厚な感じがしていいですね。飯田橋のパティスリー カー・ヴァンソンのチョコレートケーキもオススメです。
(オーボンヴュータン)
(パティスリー カー・ヴァンソン)
週に2~3日しか空いていないのです。私は「彼氏に刺さるバレンタインチョコ」とかを聞かれた時に紹介しますね。あとは、村上開新堂。紹介がないと買えないお店です。ゼリーとかクッキー、焼き菓子など色々あります。味はさておき、「紹介がないと……」というのが実に重要です。
甘いものはガリガリ君ぐらいしか食べない私にとってはチンプンカンプンの話ではありますが、ここからは、一流編集者に連れて行ってもらった店を紹介します。これらの店は、「秘密の話ができる」ということも重視されているとお考えください。
オススメのお店
【麻布六角(麻布十番・和食)】(小学館)
麻布十番のマンションの一室にあるような店。魚だけでなく、ステーキやハンバーグ等肉メニューも充実。特にクリームコロッケと雲丹ごはんが美味。
【池上線ガード下物語(大崎・ホルモン焼き)】(マガジンハウス)
あまり形式ばったところには行きたくないですぅ、と伝えたところ、指定されたのがココ。私の大好きな「ドーナツ」(喉の軟骨)があり、これだけでも充分満足!もちろん普通の赤身肉も豊富です。キムチやナムルが特にウマい店でした。
【ピークラウンジ(新宿・バー)】(講談社)
新宿のパークハイアット41階にあるラウンジです。基本的にはビールを飲むのですが、じっくり打ち合わせができます。また、パークハイアットに出入りする客を見ることができるため、いわゆる芸能スクープの張り込み場所としても業界では重宝されているそうです。
【イーグル(新宿・バー)】(文藝春秋)
バーの名店めぐりをしている時に「ここが一番ホッとする」と連れて行かれたのがココ。古めかしい店で、らせん階段を下っていくとドーンと開けた昭和風な空間。ビーフストロガノフが名物なのですが、タコスやらピザなどもあります。しかし、なんといっても特徴的なのは、サントリーの関係会社が経営しているだけに、ウイスキーが激安。なんと1杯(35ml)250円なのです。
【石ばし(江戸川橋・鰻)】(新潮社)
某評論家と対談した後に、予約をしてくれていたお店。鰻のコースですが、なぜか豆腐から開始するのです。個室で出版界の男女のアレやコレやで大いに盛り上がりました。「野田岩」「尾花」と並び称されるウナギの名店の一つとされているだけに、鰻重もフックラおいしくいただきました。
【酒呑(乃木坂・和食)】(アシェット婦人画報社)
大食いのお姉さまから連れていかれまして、ウニとイクラがたっぷり乗った細巻きはその見た目のハデさだけで満足してしまうレベルであります。肝をたっぷりまぶして食べるカワハギもこれまた冬の楽しみでありますな、ガハハ。ビールがハートランドの瓶というのも高ポイントです。
【トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ(表参道・イタリア料理)】(光文社)
とにかくウマいパスタを食わせてやる! と連れて行かれたお店です。珍しく鹿などのジビエも食べられるほか、当然の如く魚のグリルもウマいのですが、「絶対に頼め」と言われたのがラグーをかけたショートパスタ。いやぁ、茹で方が抜群ですわ、こりゃ。
【味彩せいじ(広尾・和食)】(小学館)
あまりアクセスが良くない場所にあるだけに、落ち着いた雰囲気で密談をするにはもってこいです。刺身は新鮮で、私が案外好きだったのが玉子焼きであります。これがビールに滅法合うのですね。
【一流出版社社員が教える差し入れ術と会食に最適なお店】
- その1:「前から用意していた感」を見せよう
- その2:「あっ、これ食べたかったの!」と言われるほど話題の店を選ぼう
- その3:間に合わない時は、地元民以外は誰も知らない和菓子屋や洋菓子で購入し、あたかも地元で大人気かのように見せよう
- その4:何か名物料理が必ずある店を選ぼう
- その5:値段は高くとも、秘密の話が漏れないような店を選ぼう
- その6:口コミサイトの情報以外から見つけました! といった雰囲気を醸し出そう
著者:中川淳一郎(なかがわ じゅんいちろう)
ライター、編集者、PRプランナー
1973年生まれ。東京都立川市出身。
一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)、『夢、死ね!』(星海社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。割と頻繁に物議を醸す、無遠慮で本質を突いた物言いに定評がある。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。
前回までの「今も飲んでいます」はこちら。
「幹事の味方」でも中川淳一郎さん、連載中です。
中川淳一郎さんは「幹事の味方」でも連載中です。こちらと合わせてぜひご覧ください。