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旧正月に事業撤退で解雇をした楽天シンガポール~英語公用語よりグローバル企業に大切なこと~

楽天シンガポール、ネット通販からの撤退と解雇

2016年2月12日に、楽天が2015年度通期及び第4四半期の発表を行いました。減損損失の388億円を計上し、その中で131億円の内容を特定しない"その他"の項目があげられています。Tech Crunchによると海外でのネット通販と見ています。それは同時に発表された"Vision2020"での発表によります。
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(出所) 楽天: 2015年度通期及び第4四半期 中期戦略説明会 Vision2020 説明資料

楽天の発表では、タイトルのように「事業転換」と書いています。その転換の実態は、一部国での事業撤退とそれによる解雇です。ネット通販と、日本発携帯フリマアプリ (Rakuma) とでは、雇用規模も従業員に必要な経験も異なります。楽天が投資している携帯フリマアプリCarousellとRakumaは、同種で競合するため、Tech Crunchでは計画に疑問を指摘しています。
Tech Crunch: Rakuten Writes Down $340M In Assets, Shutters Marketplaces In Southeast Asia

東南アジアでは、インドネシア・マレーシア・タイで事業撤退です。東南アジアでのネット通販事業の撤退で150人の解雇になり、シンガポールではそのうちの30人が解雇と現地紙が報道しています。シンガポールでもネット通販は事業終了ですが、アジア地域本社機能・楽天ベンチャーズ・楽天トラベルは継続されます。

楽天シンガポール、ネット通販事業の撤退までの軌跡

シンガポールでのネット通販事業は、2年2ヶ月で撤退となりました。

2014年1月 楽天、事業開始シンガポールの本部長(GM)には、バイドゥとの合弁事業から撤退した前中国担当者が就任
2014年5月 シンガポールでは100人以上が働き、うち20人がネット通販担当
2014年11月 楽天市場うまいもの大会を郊外ジュロンウェストで開催
2015年1月 楽天の創業者の1人で、現在はRakuten AsiaのCEOを努める小林正忠さん「10年後も20年後も30年後も50年後も100年後も、皆さまのご商売がちゃんと続けられるようなプラットフォームを作ることが我々の使命だと思っている」 CNET: 楽天取材の裏側
2016年2月12日 本社四半期決算とともにモール閉鎖を発表。閉鎖は2週間後の同月末

解雇の現場をなまなましく伝える現地紙

シンガポールで最大手のStraits Times紙は、今回の楽天の解雇をなまなましく伝えています。記事の一部に私の抄訳をつけます。

旧正月の5日目となる金曜日の午後に、ラッフルズプレイスのオフィースで、楽天の30名が解雇を言い渡された。営業、マーケティング、カスタマーサービス担当が含まれる。 (略)
シンガポール楽天での大半の被解雇者は、社員証返却とメールアドレスの無効が即時実施され、付き添われて社外に出て、今後の出社不要が言い渡された。「全員がショックを受けた」「金曜が仕事の最後の日だと言われた」。少数のみが、事業停止の月末まで仕事を続けられる。
解雇手当は雇用期間と連携していると本紙は把握している。解雇手当の支払いは来月までない。
日本の楽天の広報はシンガポールでの解雇の詳細については拒否したが、"法的義務以上の補償"を与え、被解雇者が仕事を探すのを手伝うと発言した。(略)
専門家は旧正月の解雇に驚いた。「労働組合がある企業には、解雇に祭事期間は避けるように言っている。労使協調の慣習だ」と人材の政府議会委員会で議長を務めるパトリック・タイ国会議員は述べた。(略)
「数時間での退去に加え、タイミングが少し残忍だ」と人事の非営利団体は指摘した。
シンガポール中小企業協会は「企業が事業整理をする時に、ある程度の人員解雇は避けられない」と言及した。
Straits Times: Rakuten to shut Singapore website, cuts 30 local staff

旧正月の解雇に驚いたシンガポール

553万人が人口のシンガポールでは、日本より細かい出来事も新聞記事になりやすいのですが、現地紙は国会議員のコメントも引用し、旧正月での解雇に何度も触れています。
世界には太陰暦で正月を祝う国や民族があり、人口の3/4を中華系が占めるシンガポールはその一つです。シンガポールでは、チャイニーズニューイヤー (中国正月: Chinese New Year) という名前の祝日が制定されていますが、Lunar New Year (旧正月) という表現がマレー系・インド系などにも配慮した表現になってきています。今年は2月8日(月)と9日(火)が国の祝日ですが、春節が15日間あることもあり解雇された2月12日(金)までや、それ以降も有給休暇を組み合わせる中華系は珍しくありません。

シンガポールでは解雇は原則自由です。しかしながら、日本で言えば、お正月の三が日に解雇されるのと同じかそれ以上の衝撃です。親族と顔を合わせる機会が多いこの時期の解雇は、メンツを保つどころではないです。事業の開始・撤退は、経営判断なのでやむを得ないですし、従業員にも責任の一端はあります。解雇自体も、タイミングが旧正月であったことも、違法ではありませんし、決算発表での事業整理から時間をあけるのも苦しいのは理解しますが、もう少し配慮ができなかったのかと思えてしかたありません。
従業員と雇用主は、関係は対等ですが、互いに敬意は払われるべきです。特にそれが解雇という経済的にも精神的にもセンシティブなことであればなおさらです。これまでの貢献に謝意を示しつつ、今後について提示をするのが解雇の場です。旧正月の解雇というシンガポールの"タブー"を破って、これまで共に働いてきた仲間への「謝意を示せる」とは到底思えません。

解雇への「法的義務以上の補償」とのことですが、シンガポールでは雇用法の保護対象となる給与の上限が低く、楽天勤務者の大半は雇用法保護外の対象だったと思われます。この場合、雇用契約をベースに、慣習での補償が支給されることが一般的です。「勤務期間に応じた補償」となると、わずか2年の事業への勤務期間では、過度の補償への期待はできないでしょう。
uniunichan.hatenablog.com

英語公用語よりグローバル企業にとって大切なこと

アジアでのビジネスは1%にすぎなかった楽天

楽天は英語公用語にとりくむなど、ビジネスと人をグローバル企業にすることを目指してきました。なお、今回の決算発表では三木谷CEOは、楽天が公用語としてきたこれまでの英語でなく日本語で行っています。理由の言及はありません。
楽天のグローバル化はまさにゼロからのスタートでしたが、海外での積極的な買収を主因として、現在は海外売上比率が20%になり伸びてきています。しかし、地域で"その他"と分類されているアジア(日米欧以外)ではいまだに1%の売上しかありません。楽天がシンガポールに参入してきた時には、既に韓国系のQoo10がネットモール事業を確立させており、厳しい競争になることは初めから予想されていました。
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多国籍に展開するグローバル企業にとって、最も大切なのは英語ではありません。言葉はツールに過ぎません。大切なのは、現地のお客様に受け入れられ、現地で取引先に信頼され、職業人生をコミットする従業員がいることです。それを世界各国で実施するのがグローバル企業です。このビジネスの基本においては、グローバル企業でもローカル企業でも変わりはありません。
旧正月での解雇が従業員や消費者に与える印象や、「100年続けられる」と言った事業がサービス終了の告知に2週間だったことが、楽天のブランドを信じて出店した日系企業を代表として現地企業にどんな影響を与えるかは、言うまでもありません。
シンガポールは英語が標準語で、英語のみで生活もビジネスも不自由しない国です。他のアジア諸国と比べるとはるかに現地理解は容易だったはずです。本社が事業撤退と解雇を決めた際に、現地法人からは「旧正月期間だ」との指摘が無かったとは幾らなんでも考えられません。それでもこういう取り上げ方を現地メディアからされた結果になったことに、楽天がシンガポールでのビジネスに成功しなかった理由を垣間見てしまいます。

私は日本人として、日系企業が現地で尊敬され、現地の人が働きたい職場になることを望んでいますが、シンガポールでの就職人気企業100社に日系企業は入ってこないのが現状です。今回の現地紙記事では「日本の最大手ネット通販企業 楽天」と紹介されました。日系企業が"グローバル化"を目指しても、現地の人の働きたい職場になることは、今後も遠い道のりのようです。
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日系企業は終身雇用、という神話

最後に、「日系企業は終身雇用」という神話は、海外でも崩壊しています。事業整理が必要になると、一般的に下記の順で縮小を実施します。海外では、終身雇用というより、比較的長期に務められる、人事評価がアグレッシブでない体質と理解されています。

  1. 新卒・中途採用の縮小
  2. 日本の非正規雇用/海外現地法人社員を解雇
  3. 日本の本社正社員解雇


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