Crew Blog:デザイン業界で、「Less is more」(少ないことは豊かなこと)ほど、繰り返されている言葉はないでしょう。これは、建築家ミース・ファン・デル・ローエ氏の言葉です。
(ディーター・ラムス氏は、これを文字って、「Less but better」(より少なく、しかしより良く)と言いました)
これは理解できます。
どんな商品であれ、売れるかどうかは、ユーザーがその使い方をすぐに理解できるかどうかにかかっています。私たち人間の集中力は驚くほど気まぐれなので、複雑な商品をわざわざ使おうとする人は、ほとんどいないのです。
つまり、売れる商品を創ることとは、使いやすくて美しいデザインの中に、複雑性と機能性を詰め込むことを意味します。つまり、不可能を可能にすることと同義です。
このように、プロダクトデザインの世界では、シンプルさの競争が行われています。
複雑になってしまう理由(とその対策)
果たして、昔からそうだったのでしょうか?
技術が進歩するにつれ、機能性と機能が重要になっているのではないでしょうか?
そこで、誰もが関係するプロセスである、書くことに関するツールの進歩を振り返ってみます。
羽とインク、タイプライター、ワープロと進化するにつれ、機能性と複雑性が増しました。
しかしその後、転換点が訪れました。多きことは、もはや良きことではなくなったのです。機能や機能性への期待はそのままに、使いやすさも求められるようになりました。シンプルで、美しいものを。
最近では、「iA Writer」や「Ulysses」のように、無駄を排しミニマリストに徹したライティングツールが登場しています。多機能ワープロの持つ機能性が、より使いやすいデザインで提供されているのです。
Twitterの創設者エヴァン・ウィリアムズ氏は、次のように述べています。
数十億ドルのインターネット企業を創設するための方程式はこうです。人の欲望を対象にすること。できれば、本当に長い間存在している欲望を。そのような欲望を見つけたら、現代技術を使って歩みを進めるのです。
より簡単で、よりシンプルに。
でも、シンプルで簡単なものを作ることの重要性を誰もが認識しているのに、多くの人が的を外してしまうのはなぜでしょう?
シンプルにすることは、どうしてそんなに"複雑"なのでしょうか?
引き算的思考でいいものを
人間として、私たちが意思決定に充てられる心の資源は限られています。
作業記憶(情報を保有し操作する脳内の部位)は、いかなるときでも5から9個の思考しか取り扱うことができないと考えられています。
つまり、雑念が入ったり、選択肢が多すぎたりすると、私たちはいい判断を下すことができず、悪い判断をしてしまうか、何も選べなくなってしまいます。
私たちの脳は、簡単なことを信じます。簡単でないものはすぐに排除され、できるだけ早く次の候補に移ろうとします。
Googleが2012年に実施した研究によると、人はウェブサイトの美しさを、0.02秒から0.05秒で判断するそうです。これは、指パッチンよりも短い時間です。さらに、「見た目が複雑」なサイトよりも、シンプルなサイトのほうが美しいと判断されることがわかりました。
機能の数を増やしていくと、ある点を境に使いやすさが急落します。その点を超えている場合、足し算よりも引き算で考えたほうがいいでしょう。
忘れてしまいがちですが、ユーザーは以下のようにして、あるべき機能を判断します。
- ここにあるはずだ。
- こうやって機能するはずだ。
- こうやって動くはずだ。
- こう呼ばれているはずだ。
デザインでは、これらの「はず」を原型的要素と呼んでいます。
オンラインマガジンやファッションブログなど、どんな種類のサイトでも、独自の原型的要素を持っています。
画面上部や左右にあるナビゲーションバー、ネット通販サイトの右上にあるチェックアウトボタンなどがその一例。
ウェブサイトが原型的であるほど、脳にとって読みやすくなり、私たちはそのサイトを使ったことをいい経験としてとらえるようになります。この、心理学で言うところの認知的流暢性が、私たちが何かを「シンプル」だと思うときの大きな役割を果たしています。 サイト(または商品)が私たちの期待に合致していない場合、私たちの脳がそれを解読することが難しくなり、複雑すぎる、あるいはデザインがひどいと、ほぼ自動的に判断するでしょう。これは、書き物から商品、音楽に至るまで、生活のありとあらゆることに適用されます。
実際、最近の音楽に関する研究で、次のようなことがわかりました。
1955年から2011年の音楽を対象に調査をした結果、器楽的な複雑性が少ないジャンルほど、常にチャートの上位を占めていることがわかりました。さらに、歌がどんどん定型化(シンプル化)していったジャンルほど、複雑化していたジャンルよりも人気が高く、よく売れていることも明らかになりました。
これにはおそらく、単純接触効果(よく見聞きするものを好きになる)や、平均性が美しく見える効果(共通要素の多い要因に惹きつけられる)などの心理現象も寄与しているでしょう。
どんなものであれ、より馴染みがあってシンプルだと感じられるものほど、私たちはそれを楽しみ、買う可能性が高まることは明らかです。
自社商品のシンプルさを知るためのiPodテスト
シンプルなモノづくりに関して先見の明があった人物と言えば、スティーブ・ジョブズでしょう。
ジョブズは言いました。
シンプルは、複雑よりも難しい。シンプルなものを作るには、思考を削ぎ落すための努力が必要だ。でも、最終的にはその価値がある。なぜなら、そこに到達できれば、山をも動かせるから。
ジョブズは、初代iPodを創る際、厳しい「3クリック」ルールを導入しました。任意の歌や機能に、3クリック以内でアクセスできなければならないというルールです。
ジョブズは、消費者にとって内部の複雑さはどうでもいいことで、すぐに快適性を感じられるように、デバイスは非常識なまでにシンプルでなければならないと考えていたのです。それは、見た目の親しみやすさと使いやすさの両方を意味します。
クリックホイールの原型的な操作だけでなく、インターフェースの使用が作業記憶にとってまったく負担にならなかったことも、シンプルさを感じさせる要因だったのです。
ほかの優れた商品と同様、iPodは、シンプルさの構成要素であるデザインと機能性の融合を可能にしたのです。
今度商品を創るときは、ユーザーによる期待を想定してください。
そんなユーザーに、すぐに快適性を感じさせるにはどうしたらいいか?
省けるものはないだろうか?
簡単にすることができない原因となっている障害はなにか?
イノベーションとは、真の問題をいちばん簡単な方法で解決すること。シンプルなものは、いつだってよく売れるのです。
Less but better: Why simple always sells | Crew Blog
Jory Mackay(訳:堀込泰三)
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