「スポーツカーで走れる砂浜」に黄信号 進む浸食
石川・能登
ソフトボールもできた幅70mの砂浜→半分以下の30mに
「昔は砂浜が広くてね。ソフトボールもよくやっとった」
地元の区長を務めた竹本光男さん(69)は少年の頃を懐かしむ。粒が細かく、大きさがそろった千里浜の砂には地下からの水が染み込み、まるで舗装路のように固く締まる。波打ち際を走る爽快感を求めて全国からドライバーやライダーが訪れる。
しかし、かつて70メートルあった幅は今では30メートルほどに。波による浸食が年々進んでいるのだ。しかも高波時の進入制限の日数はここ数年増加し、悪天候が重なった2013年度は1年の4割に当たる148日にも上ったという。
「車で走れる砂浜」の始まりは約60年前。観光バスの運転手が試しに回送運転したのがきっかけだ。当時、浜を走るのは魚を載せたトラックぐらい。ほどなく観光客を満載した大型バスの観光コースに様変わりし、ピーク時で年間125万人が訪れるなど、一躍有名になった。
往来が激しくなる夏は「公道」扱い
安全確保のため、人と車の往来が激しくなる夏季の1カ月間は、速度制限などの交通規制がかかる「公道」扱いとなる。「昔は余裕で車がすれ違えたのに」と竹本さんは嘆く。
海浜浸食は近年、全国規模で急激に進んでいる。国土交通省によると年間160ヘクタールの砂浜がなくなっているとされ、各地で対策が行われている。
石川県は浸食が表面化して以来、浜に直接砂を入れる「養浜(ようひん)」を始めた。2011年には「再生プロジェクト委員会」を設立、新たな対策を講じる。波による浜辺の浸食を防ぐため、全長300メートルにわたって砂袋を設置したほか、沖合150メートルの海中に人工リーフを沈め、一定の効果を確認したという。
国土技術政策総合研究所の諏訪義雄海岸研究室長は「特効薬はなく、取り戻すには根気がいる」と話す。官民の壁を取り払った息の長い取り組みが必要だ。
高さ3mの巨大砂像を制作 保全求める署名活動
「細かくてサラサラ。他の浜とは全然違う」。8月初旬に開かれた砂像作りの体験で、男児の笑顔がはじけた。きめ細かな砂は水を含ませれば、造形にもぴったり。近くでは、地元有志による高さ3メートルの巨大砂像の制作がヤマ場を迎えていた。
「ここでしかできない遊びを通じて、浸食による危機を情報発信したい」(羽咋市商工観光課)といい、県外に千里浜の砂を持ち込んで砂像を作るなど、自慢の砂を使ったPRを行う。
今年から民間の後押しも本格化。羽咋青年会議所は保全を求める署名活動を4月から始めた。県内外で目標の1万人分を集め、来年にも国の関係機関に声を届けるという。清水篤郎理事長(39)は「とにかく白くて広かった、あの頃の浜を取り戻したい」と地域の団結を訴える。
観光コースとして出発してから間もなく"還暦"を迎える砂上のハイウエー。かつての姿を取り戻した浜と日本海に沈む夕日との共演が実現するまで、しばらく時間がかかりそうだが、細る浜の危機をきっかけに、地域の輪が着実に広がり始めている。
(写真部 柏原敬樹)