着メロ15周年に寄せて。

2014年12月3日は携帯電話向け着メロ(着信メロディ)サービス開始から15周年である。奇しくもプレイステーションの発売も20周年だが、いまだPS4として健在であるプレイステーションと比べると着メロはすでに過去のものとして忘れ去られてしまった感がある。だが着メロなくして今の日本のネットサービスは語ることはできない。着メロ15周年の日にあたり、着メロについて改めて振り返ってみたい。

着メロとは携帯電話の呼び出し音をカスタマイズする機能および、呼び出し音の配信サービスの総称である。古くは留守電の保留音やポケベルの呼び出し音などにそのルーツを求めることができる。世界で初めて着メロサービスを開始したのはPHS事業者のアステル*1で1997年のことだった。テレホンダイヤルに電話してプッシュ操作でいくつかある楽曲の中から選曲すると、単音の着信メロディのデータがダウンロードされる、というもので、配信楽曲は定期的に更新され通話料のみで利用ができた。ただ、アステルそのものの利用者が少ないこともあってほとんど認知はなかった。

むしろ当時は携帯電話に自分でデータを打ち込んで着メロを自作することが流行っていた。自作といっても譜面を知らないと作ることができないので、「着メロ本」という本が本屋やコンビニに大量に並んでいた。タブ譜のように機種ごとに着メロを作成するための数字キーの入力方法が書いてある本をみんながこぞって買って、1音1音数字キーで地道に入力して着メロを作るという、今から考えると嘘みたいに面倒なことをしていた。

iモードの開発でサービス企画をしていた僕はそういった流行りを見て「着メロがiモードキラーコンテンツになるのでは」と考えていたが、iモード端末そのものの開発が大変だったため初号機で実現することはできなかった。iモードが成功して、弐号機つまり502iの仕様の検討に入るときに着メロを売りの機能として搭載することを改めて提案した。折よく三菱電機、チップメーカーのロームと音源技術のフェイスという3社から着メロの提案があったため、これを502iで採用することにした。端末台数に応じたフィーで提案してきたフェイスの中西専務に、夏野さんが「そんな儲けなんて大したことがない。自分たちで着メロのサービスをやった方が儲かるよ」と話したことで、数か月後、中西さんはエクシングの鈴木さんを連れてきて、ポケメロJOYSOUNDというサービスを発売とともに開始する、ということになった。当時の着メロはMIDIをカスタマイズしたコンパクトMIDIという仕様で開発することになっており、MIDIデータをたくさん有しているカラオケ会社であるエクシングは格好のパートナー先であった。*2

iモードのコンテンツで最初に成功したのは待受画面サービス「キャラっぱ」を提供したバンダイだが、7月にギガネットワークスが着メロ入力データのサービスをはじめたところ、またたく間に10万人のユーザーが登録した。当時iモードが200万ユーザー程度だったので驚くことに全ユーザーの5%が利用していたことになる。着メロ入力データといっても、当時のiモード機はマルチタスクではないので、画面に表示された着メロ入力データを紙などに自分で書き写した後に携帯電話でそれを見ながらキー入力する、という当時でさえ面倒だと思っていたサービスにそれだけのユーザーがついたことで、間違いなく着メロサービスは流行ると僕も夏野さんも確信した。

502iの発売は1999年12月3日となり、売りはカラー液晶と3和音着メロサービスだった。最初に着メロをサービスしたのはエクシングとギガネットワークスの2社が行った。それまで手入力されていた着メロは単音であり3音になっただけでもリッチな印象があったのだが、好きな曲を手軽にダウンロードできるということで、iモードの普及を決定づけた。もし502iに着メロ機能がなかったら、ドコモに先駆けてKDDIなりJ-PHONEが着メロサービスをはじめていたら、iモードがあそこまで順調に普及することはなかっただろう。その後、N502iにはヤマハの4和音の音源が採用されて人気機種となり、着メロを提供するサービスもどんどん増え続け、2001年には16和音専用サービスとしてドワンゴの「イロメロミックス*3がスタートする。

着メロ本を買って多大な労力をかけてまで着メロが欲しかった多くのユーザーにとって、100円や300円で着メロが簡単に手に入る、という分かりやすい価値はデジタルコンテンツに対する小額課金への抵抗感を乗り越えるモチベーションとなった。着メロはいわば音楽ダウンロードサービスである。着メロがきっかけで有料コンテンツへの課金をはじめたという人は多かっただろう。iモードが成功するまで「ネットで有料コンテンツは成功しない」というのが常識だった。ネットのコンテンツはタダであり、広告モデルでないと成り立たない、という状況を変えたのが着メロである。しかも当時ドコモは従量課金を採用しておらず、すべて月額課金(サブスクリプションモデル)だったこともコンテンツプロバイダに幸いした。欲しいものだけワンタイムで購入するという従量モデルは一見ユーザーにとってメリットが高そうに見える。しかし従量モデルがコンテンツプロバイダにもたらす利益は大したことがない。

スマホアプリを例にとってみよう。100円のアプリが10万ダウンロードされても上代はわずか1000万円である。個人の小遣い稼ぎや個人商店のビジネスならともかく、会社が事業として行うには人件費、固定費のことを考えると売上としては少なすぎる。そもそも10万ダウンロードからして決して少ない仮定の数字ではない。ところが、これが月額モデルならば年間1億2000万円もの売上になるのである。しかも月額会員にはいわゆる休眠会員、幽霊会員というユーザーが一定数存在するため、利益ベースではさらに大きくなる。そして、いきなり会員がゼロになることもないので事業計画も立てやすくなり、経営基盤も安定して投資も行いやすくなる。着メロの成功をきっかけに上場した会社が数多くあった。こう書くと、それはあくまで提供者側のメリットであって、ユーザー側は不当に搾取されているだけではないか?と思う向きもあるだろう。しかし市場が1社の寡占状態ならばともかく競争状態であるならば、提供者側が潤えばサービスのクオリティやボリュームが向上して、結果ユーザーにフィードバックされるものである。たとえユーザーにメリットがあっても提供者側が儲からなければサービスそのものが終了してしまうのだから。

どうしてここまで着メロが流行ったのだろうか。ひとつ言えるのは「音楽CDの売上が1998年にピークだった」ということである。1991年頃から番組タイアップをきっかけにミリオンが連発し、小室ブームがあり、2000年には宇多田ヒカル浜崎あゆみらがしのぎを削り、世の中において話題の中心が音楽だった、という背景が影響していたことは間違いない。着メロは単なる音楽ダウンロードにとどまらず、学校や飲み会などでのコミュニケーションツールになっていた。着メロサービスはサブスクリプションモデルだったことで、単なる楽曲のダウンロードだけにとどまらず、運営サービスとしてユーザーのニッチタイムの受け皿となった。CDの新曲が発売されて新しい着メロがダウンロードできる水曜日に着メロサイトへのアクセスは急増した。SNSもなく、掲示板やブログがまだPCユーザーのものだった時代に、着メロサイトは多くの人にとって総合エンターテイメントだったのだ。

そんな着メロも着うたを経ていつの間にか下火になり、まだ存続はしているものの世の中の表舞台から消えていった。着メロという機能そのものはスマホになっても引き続き存在しているのに話題になることはないのは、着メロが単なる機能として需要があったわけではないことの証左だろう。当時着メロが担っていた役割はSNSやゲームアプリ、動画共有サイトなどに引き継がれている。

その中で最も着メロの遺産を引き継いでいるのはドワンゴのニコニコだろう。ドワンゴの着メロサイトである「イロメロミックス」は着メロサイトの中で最も実験的な試みを多く行っており、着ボイスではGacktや吉本の起用で話題を作った。サイト運営や著作権のノウハウや、芸能事務所との関係性などは着メロサービスをきっかけにして蓄積されていったものである。姉妹サイトのアニメロミックスがアニメロサマーライブを大きくしていったことも今につながっている。そもそも最初から無料サイトではなくサブスクリプションモデルがベースであるという点が、同じ動画共有サイトであるYoutubeと思想面で全く違うのである。クリス・アンダーソンが書いた悪書「FREE」のせいで、「ネットコンテンツはやはり無料だろう」という反動が起きたが、世界的にもサブスクリプションモデルへの回帰が起きている。世界のスマホアプリマーケットの市場規模において日本が世界最大の市場規模であることも、着メロが築いたネットコンテンツにお金を払うという土壌あってのことだ。

ということで着メロの歴史とその果たした役割についてつらつら書いてみた。歴史の徒花(あだばな)とは片付けられないほど、日本のネットサービスに影響を与えた「着メロ」というものがあったということを記憶の隅にでも留めておいていただけたなら幸いだ。

*1:「着メロ」の商標登録を行ったのもアステル東京で、ゆえにiモード時代に各社は「着メロ」というワードを公式に使うことができなかった

*2:とはいっても機種ごとのカスタマイズも大変で、MIDIデータがあれば着メロがすぐ作れるというわけではなかった

*3:16和音のサービスだからイロメロ(16メロ)というネーミングだが、このセンスは超会議で見て取れるようにドワンゴのDNAのような気がする