中国では2次元バーコードを利用したモバイル決済がここ数年で急速に普及し、特に大都市では現金を持ち歩かなくてもほとんど生活に困ることがない社会が実現している。その牽引役となってきたのが、中国ネット通販最大手、アリババ集団傘下の螞蟻金融服務集団(アントフィナンシャル)が提供している決済サービス「支付宝(アリペイ)」だ。

 もともとアリペイは、ネット通販での安全な取引を担保するために2004年に生まれた。買い手が支払った代金をアリペイがいったん預かることで、「代金を支払ったのに商品が届かない」といった詐欺的な取引を防ぐ仕組みだ。アリペイの導入により、中国のネット通販市場は大きく広がったとも言われる。

 その後、アリペイはリアルの決済にもサービスを広げ、今では公共料金の支払いや寄付、余剰資金の運用など生活に必要な決済や金融のサービスをほぼ網羅するまでになった。アリババによると、アリペイのユーザ数は約5億2000万人。時価総額が米フェイスブックを超えたことでも話題になった中国IT大手の騰訊控股(テンセント)の「微信支付(ウィーチャットペイメント)」とともに、インフラの一部となっている。

伝統的な市場や屋台のような店舗でもアリペイやウィーチャットペイのバーコードが掲げられている(写真:町川 秀人)
伝統的な市場や屋台のような店舗でもアリペイやウィーチャットペイのバーコードが掲げられている(写真:町川 秀人)

 中国の大都市の街中には、至るところにアリペイやウィーチャットペイの2次元バーコードがある。市場、焼き芋の屋台、繁華街の花売りといったところにも2次元バーコードが掲げてある。仮にバーコードがなくても「アリペイ(もしくはウィーチャットペイ)で」と言えば、たいていはスマホに表示した2次元バーコードをこちらに差し出してくる。バーコードを読み取るだけで簡単に個人間送金が可能なサービスだからできることだ。ちなみチェーン店では、こちらが支払い用のバーコードを表示し、店舗側の端末で読み取ってもらう形式が多い。

ネットとリアルの融合を図るアリババ

 9年前にアリババがネットでのセールを始めてからすっかり買い物の日として定着した11月11日の「独身の日」。中国ではこの数年で「独身の日」ではなく「11」が並んでいることを意味する「双11(ダブルイレブン)」という言い方が一般的になっている。アリババの今年の「双11」の売上高は2016年の4割増の1682億元(約2兆8000億円)に達した。

 3兆円近い売上高や中国や海外のスターが登場する「双11」のイベントもさることながら、アリババが今年の「双11」で強く打ち出したのがネットとリアルの融合だ。

 「ECは消える」。今年の双11に合わせて自らが主演するカンフー映画を公開したアリババのジャック・マー会長は昨年来、講演などでこう語ってきた。

 ネットでの買い物とリアルでの買い物の境目がなくなり、ネット上での買い物をわざわざ「EC」と区別する必要がなくなるという意味だ。それを実践するかのように、アリババはリアルな小売りへの進出も加速している。11月20日には、大型スーパー「大潤発」を運営する高鑫零售(サンアート・リテール)に3200億円を出資すると発表した。

 ネットとリアルの融合を目指す上でも、アリペイの存在がカギになっている。アリババが手がけるスーパー「盒馬(フーマー)鮮生」の上海市内の店舗では、ほぼすべての来店客がアリペイで代金を支払っている。レジカウンターは白い台と縦長のディスプレーがあるだけ。来店客が自ら商品のバーコードを読み取り、アリペイかアリペイにひも付いた同スーパーのアプリで支払う。

 盒馬はアプリ上から注文をして宅配してもらうことも可能だ。店舗から3km圏内の消費者に最速で30分以内に商品を届ける。店舗内の天井には宅配用の商品を配送口まで運ぶ専用のレールが敷かれている。

顔認証ならスマホを持つ必要もない

 一方で店舗では生きている魚やカニ・エビを多く取り扱っており、希望すればその場で調理し、食べることもできる。新鮮な海産物を食べられることを売りに、ネットスーパーの利用に加えて来店も促す仕掛けだ。

 盒馬では現金でも支払うことは可能だ。しかし、現金を扱うレジには店員がいない。セルフレジの近くにいる店員に「現金で払いたいのだけど」と声をかけると、「アリペイがあるのではあればこちらで」とセルフレジに誘導される。

 このセルフレジでは、顔認証で代金を支払うこともできる。事前にアリペイに自分の顔を読み込んでおけば、セルフレジのカメラで顔を読み取り、電話番号を入力するだけで支払いが終わる。アリババの担当者は「スマホを取り出す必要もない」と顔認証の利点を強調する。

上海にある盒馬鮮生大寧店では顔認証で買い物ができる。現金を使えるレジには誰もいない
上海にある盒馬鮮生大寧店では顔認証で買い物ができる。現金を使えるレジには誰もいない

スマホ決済が新しいビジネスの土台に

 盒馬の顔認証を見てもわかるように、インフラとなったアリペイやウィーチャットペイの存在が新しい技術やビジネスの登場を促している側面もある。どうやって利用者からお金を受け取るか、現金をどのように管理するかに頭を悩ませる必要がなくなり、多種多様なベンチャー企業が出てくる土台になっている。

盒馬の店内にあるスマホ充電器の貸し出し機。貸し出しから返却の手続きまでアリペイを使用する
盒馬の店内にあるスマホ充電器の貸し出し機。貸し出しから返却の手続きまでアリペイを使用する

 例えば、中国の都市で広がったシェア自転車もスマホでの決済が前提だ。以前、「アマゾン超えた?上海に登場した無人コンビニ」という記事でも触れた無人コンビニをはじめとして、中国では無人店舗が次のビジネスとして注目を集めているが、これもアリペイやウィーチャットペイといったスマホ決済があればこそだろう。

 アリババの「双11」イベントでは、メディアが集まる会場に盒馬などの紹介とともに、無人店舗の実験店が設けられていた。11月初旬には、アリババも出資している家電量販大手の蘇寧雲商が上海市内の店舗に、無人売り場を開設した。無人店舗は江蘇省南京市に次いで2カ所目で、その後、北京市と重慶市にも設置した。

 蘇寧の無人店舗は同社の金融アプリに顔を登録した後、顔認証で入店。店を出る際はカメラ前に数秒経つだけで、自動的に代金がアプリから引き落とされる。金額は商品についたタグを読み取って計算している。現時点で販売している商品はサッカーのユニフォームや旅行用まくらなどで、まだ実験段階のようだ。

蘇寧の無人店舗「biu!」。商品を持って立つだけで支払いが終わる
蘇寧の無人店舗「biu!」。商品を持って立つだけで支払いが終わる

 アントフィナンシャルは個人の信用度を判定する「芝麻信用(ジーマ信用)」というサービスも手がけている。信用度が高い人はホテル宿泊時やシェア自転車利用時の保証金を払う必要がないなど、様々な優遇を受けることができる。また信用度に応じて、スマホや電化製品、おもちゃなどをレンタルすることも可能だ。アリペイから始まった中国のモバイル決済サービスは、「現金消滅」という決済の変革を超えて、企業のビジネス構築や人々の行動にまで変革を起こそうとしているように見える。

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