なぜここまでネクタイは広がったのか
クールビズが結構浸透してきて、特にかしこまった場ではない普通のビジネスの場ではノーネクタイでもあまり失礼でないという風潮になってきました。やっぱ皆あまりネクタイが好きじゃなかったんだなあと思います。
息苦しいし、つけるの面倒だし、ないにこしたことないんですよね本当。
日本人のネクタイ離れはどんどん進んでいってるわけですが、なぜここまでネクタイが広まったのか、単に「みんなやってるから」以外の理由がある気がします。見た目のかっこよさもあるし、防寒という実用的な面もあるのでは?
ということで今回はネクタイの歴史です。
1. 古代の「ネクタイ」
厳密には我々が言う所のネクタイとは違いますが、「首に巻く布」のファッションは古代世界にも存在しました。
最古の「ネクタイ」は、秦の始皇帝の墓を護衛する兵馬俑に埋められた、陶器の兵士が身につけているものです。
この「ネクタイ」は全ての兵士が身につけているわけではなく、一部の兵士が身につけているもので、厳密に何の目的があったのかよく分かっていません。ネクタイを身につけている兵は指揮官や将兵など、位の高い人物ではという説があります。
似たような形で、ローマにも兵士が身につけた「ネクタイ」があります。描かれているのが、イタリアのローマにある「トラヤヌスの記念柱」。
紀元後113年にダキア遠征勝利を記念して建てられたもので、ローマ軍とダキア軍との戦いの模様が物語的に彫られています。そしてその中には、ネクタイのようなものを首に巻いた兵士が存在します。
Photo from"Fashion, the Necktie and the Revolution" The History of the Tie by Kaede Lira
当時のローマ兵たちがネクタイをしていたという記録は存在せず、このレリーフの兵士が首に巻いている用途は不明ですが、特別な働きをした兵に与えられる勲章のようなものだったと考える人もいます。
兵士だけでなく、政治家などが演説をする時に首にフォカルシウムと呼ばれる布を巻き風邪を防ごうとしていたと唱える歴史家もいます。これも厳密にはネクタイではありませんが、首に巻くことで長時間の演説で体が冷えることを防ごうとしていたのかもしれません。
これらは現在我々がファッションとして身に着けるところのネクタイとは違います。
しかし、首に布を巻くというファッションは中世の軍服にもあり、それが現在のネクタイの遠い源流と言われています。
2. ネクタイ=クロアチア発祥説
現在のネクタイの源流は、17世紀前半の軍服にあります。
最も有名な説が、「クロアチア兵が身につけていたネクタイをフランスのルイ14世が取り入れた」という話です。これは半ば伝説じみているので本当かどうか分かりませんが、あらましはこのようなものです。
1636年、30年戦争中のフランス。
ルイ13世を護衛するためにクロアチアから兵士が馳せ参じていた。この連隊は軍服の一部としてカラフルで結び目のあるネッカチーフを身に着けていた。
Photo from"Fashion, the Necktie and the Revolution" The History of the Tie by Kaede Lira
それを見たおしゃれ大好きルイ14世は、側近の者に「あれは何だ」と聞いた。側近の者はルイ14世がネッカチーフについて尋ねたと分からず「あれはクロアチア兵(クラバット)です」と答えた。
いたく好奇心を刺激されたルイ14世は、クロアチア兵の真似をしてネッカチーフを取り入れ、これを「クラバット」と呼ぶようになった。
このお話は真実かどうかは分かりませんが、ルイ14世の時代から貴族や軍人を始め当時の流行に敏感な人々の間でクラバットを巻くのが流行します。
イギリスにはピューリタン革命後の王政復古でフランスからイギリスに帰還したチャールズ2世とその取り巻きの貴族たちによってもたらされました。
王政復古で我が世の春を謳歌する貴族たちのファッションは広く広まり、クラバットもジェントルマンの証と見なされるようになっていきます。絡み合ったひも、フリルのついた襟、リボン、刺繍の入ったリネン、綿、レース編みなど様々なタイプのクラバットがありました。これら貴族は世界中の植民地に経営や軍事のために乗り込んでいき、イングランド人によってクラバットが世界中に広まることになります。
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3. ファッションの常識となるネクタイ
クラバットの流行はずっと18世紀まで続き、この時には既に貴賎問わずクラバットは人気のファッションとなっていました。
ナポレオン・ボナパルトは通常は黒のクラバットをつけていましたが、百日天下終焉の戦いとなったワーテルローの戦いでは、敵の将軍ウェリントンを讃えるために白のクラバットを身につけたそうです。降伏の意味があったのかもしれません。
「ネクタイ(Necktie)」という単語が登場し始めたのもこの頃のこと。
1818年にイギリスで「The Neckclothitania」が出版され、様々な種類の複雑なクラバットのスタイルが紹介されました。
1828年にH.ルブランが発表した「The Art of Tying the Cravat」では、16の章で32の異なるスタイルのクラバットの結び方が紹介されました。
しかしこのような華やかで豊かなクラバットは、産業革命を経て私たちが知るネクタイへと、「退化」し画一化していくことになります。
4. 産業革命とネクタイ
産業革命により働き方が代わり、「ホワイトカラー」 の人々はゴテゴテ・ヒラヒラしたネクタイは邪魔だと考えるようになりました。それよりは、シンプルで動きやすく、快適なネクタイが好まれるようになっていきます。
様々なバリエーションのあったネクタイはスリムで1枚の布でできた形に収まります。かつては黒が日常の色で白がフォーマルな色だったのも、ほぼ黒色で統一されました。結び方も、襟にくるりと巻いて胸上で結ぶシンプルなやり方がこの時に定着することになりました。
1880年にはアスコットネクタイも発明されました。
オックスフォード大学のボート部のメンバーが、帽子についたリボンを取り除いて首につけて自分たちのチームのオリジナリティを打ち出したことが始まりとされています。アスコットネクタイの「アスコット」とはイギリス王室が主催する最も権威ある競馬レース「ロイヤルアスコット」に由来します。ロイヤルアスコットはドレスコードがあり、ジーパンやシャツなどといったラフな格好で入ろうとすると叩き出されます。エリアによって規約が異なりますが、プライベートボックスまたはグランド・スタンド・ロイヤルミーティングに入るには、男性はスーツとネクタイを着なくてはいけません。このロイヤルアスコットに英国王エドワード7世がアスコットネクタイを身につけて登場したことで、アスコットネクタイはファッションアイテムとして広がることになりました。
5. 20世紀のネクタイ
1924年、ネクタイ作りに革命をもたらしたのが、ニューヨークのネクタイ職人ジェシー・ラングスドルフ。
彼は一枚の大きな布を斜め45度にカットし、大中小の3つのピースに分け、それらを縫製してネクタイを作る方法を編み出しました。
これにより、生地の無駄を大幅に省くことができるようになった上、結び目がねじれることなく均等に結ぶことを可能にしました。これは現在我々が使っている現代ネクタイと全く同じ構造です。
20世紀はネクタイのデザインやカラーも時代によって特徴があります。
アメリカでは、1940年代後半から1950年代半ばまでは大戦の終了による喜びや自由なムードからか、かなり派手でカラフルなネクタイが流行りました。
▽1949年のネクタイの広告
Image from "Vintage Men’s Tie History 1910-1970"
しかし1950年代後半から1960年代半ばまでは、ネイビーやグレーなどの落ち着いた色で、デザインもストライプやモノトーンなどのシンプルなものが主流となりました。
▽1964年のネクタイの広告
Image from "Vintage Men’s Tie History 1910-1970"
1960年代後半から1970年代前半は、公民権運動やベトナム反戦運動などで学生運動が活発になり、平和や愛のメッセージが語られ、ヒッピー文化が流行した影響もあり、ネクタイのデザインもカラフルで自由なものになっています。シャツも派手ですねえ。
▽1970年のネクタイの広告
Image from "Vintage Men’s Tie History 1910-1970"
1980年代のレーガン時代には、「強いアメリカ」の家父長的な雰囲気に戻ったことからか伝統的なシンプルなデザインに戻りましたが、1990年代には漫画やロゴ、広告などこれまでネクタイのモチーフとされてこなかった意匠が取り入れられるようになっていきます。2000年代に入るとまたその反動から、モノトーンでくすんだ色のネクタイが好まれるようなりました。
ネクタイのデザインも雰囲気やファッションのトレンドによって、リバイバルしたり新たな意匠を取り入れたりと、時代によって変化しています。
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まとめ
18世紀以降に男性ファッションの定番としてネクタイは定着しました。当初は様々な装飾をつけて巻き方を工夫しセンスの良さを競うものとして広がり、産業革命以降はシンプルで邪魔にならず、でもフォーマルな格好であると対外的にアピールできるアイテムとして使われてきました。
ここ20年で人々の働き方や習慣、ジェンダー意識が急激に変わり、それに伴ってネクタイを身に着ける機会も徐々に減りつつあります。もしかしたらネクタイは、22世紀まで生き残らないかもしれません。
生き残ったとしても、現在の着物や袴のようにハレの日にしか身につけないというものになるかもしれません。というか既に私も含め、そのような人が大部分かもしれません。
参考文献・サイト
"A Twisted History of Neckties" The Washington Post
"Fashion, the Necktie and the Revolution" The History of the Tie by Kaede Lira