【閉店】羊肉好きの間でも知る人ぞ知る「緬羊会館」で、ジンギスカンの生き証人に出会った

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ある時、友人が1枚の写真を見せてくれた(上写真参照)。

「なんですかこれ!」というと、千葉県の成田市にあるジンギスカン屋さんだという。「こういう店好きでしょう!」と友人は言う。好きだけど、こりゃまた随分すごいな!

 

だいたいこの床の砂はなんなんだ。そして床に砂でありつつ、ポカーンと変に広い室内。なんらかのアートかとも思わせるような。

 

「しかもさ、すごい美味しいんだよ」とのこと。話を聞きながら「これは近いうちに行くことになるだろう」と確信した。そして実際、すぐに行くことになった。

 

「緬羊会館」というのがそのお店の名前で、JR成田駅、京成成田駅からバスで行けるぐらいの距離にあるらしい。完全予約制とのことだったので、検索して出てきた電話番号にかけてあらかじめ予約をした上で向かうことにした。

 

お店に入るとシュールな空間が

JR成田駅前からバスに乗って10分ほどだろうか。「法華塚」というバス停で降りて徒歩数分。

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車通りの多い道路をしばし歩くと看板が見えてきた。

 

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これがその建物である。

 

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お店に入ると、前述したとおりのシュールな空間が広がっていた。

 

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事前に予約してあったので、「待ってたよ」とばかりに席に肉が用意されていた。

 

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この空間の中で目にする、鮮やかな色合いのラム肉。ますます不思議な気持ちになる。

 

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これが厨房スペース。

 

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壁にメニューが貼ってある。

 

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「ラム1,100円」「ビール(大)650円」「ライス250円」など。

持ち帰り用のラム肉も1キロ3,500円で購入できるみたいだ。

  

ただひたすら旨いラムを食べる

とにかくすでにテーブルの上に肉と野菜、そしてアツアツのプレートが置かれている以上、ビールとライスを注文してガンガン焼いていくしかない。

 

鉄板に脂を塗る。

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あとはもう、火力がしっかりと強いので、あっという間にこう。

 

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そしてこう。

 

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そこからこう。

 

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旨い!

さっぱりしたタレは肉の香りを消さず、むしろ引き立てる。臭みというのとはまったく違う、ラムならではの風味がしっかり感じられる。

 

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同行の友人が撮影してくれた写真には、死んだことに気づかずにニヤニヤ肉を食い続けている幽霊かのような私が映り込んでいた。

 

どこを見回しても面白い 

落ち着いたところで、

 

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改めて店内を見回す。

 

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どこを見ても、

 

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面白い。

 

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明治までさかのぼる緬羊の歴史

店主の木村邦昭さんにお話を聞いた。

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──このお店はいつから営業されているんですか?

 

「もともとはさ、『緬羊協会』の組合だったの。組合が発足したのが昭和27年」

 

──というと……もう67年前ですね。

 

「その頃、肉なんか食えないじゃない。ここさえ来れば肉が食えるっていうんで消防の人だとかみんな来たのよ。今で言う共同利用施設だったの。ここで会合とかやってさ、終わったら食事してって」

 

──もともとは組合の施設だったと。

 

「このあたりはさ、明治8年から羊を飼育してたんだよ。日清戦争とか日露戦争よりもだいぶ前。最初はさ、軍隊の防寒服なんかに使う羊毛を作るためのね。だけどさ、羊は繁殖率が悪いんだよ。豚とかと違って1年に1匹だから。一時期は80万頭ぐらいいたらしいんだけど衰退したらしいんだよね。食糧事情もよくなかったから食用にもしてたらしいんだけど、ラムじゃなくてマトンだからさ、臭みもあって普及しなかったわけ。それから改良して改良してさ。昔は硬くて臭かったんだよね。今のはピンク色でしょ? マトンじゃなくてラムだからさ」

 

──明治時代から歴史があるんですか。すごい。

 

「羊を一番最初に買ったのはここ、三里塚なんだよ。北海道の方が本場のイメージがあるけどさ」

※ジンギスカンの発祥地については諸説あるようです。

 

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「今(成田)空港があるところも、昔は牧場だったのよ」

 

──じゃあ昔はこの辺に、他にも羊のお肉が食べられる店があったりしたんですか?

 

「あったけど今はなくなったね。ここが組合だから本元だけどね」

 

──上品な味で美味しいお肉ですね。

 

「40年ぐらい前まではニュージーランドから仕入れてたけど、今はオーストラリアだね。冷凍技術が発達したしさ、チルドで来るからね」

 

──ここのお肉はオーストラリア産ですか?

 

「そうそう」

 

「オリンピックもうちょっとで行けたんだよ」 

──この床の砂は、何か理由があるんですか?

 

「脂が飛んでも滑らないようにってんでさ」

 

──なるほど、そういうことか。あとあの、壁にたくさんスポーツ選手のサインやポスターが貼ってありますけど、結構そういう方が来られるんですか?

 

「うん。なんかさ、みんな人に聞いたりさ、自分で見つけて来たりさ」

 

──ご主人もスポーツがお好きとか?

 

「俺はさ、オリンピックもうちょっとで行けたんだよ、東京のな」

 

──え、どういうことでしょう。

 

「これ、ほら」

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──重量上げだ! っていうかすごい体じゃないですか。

 

「これ17歳。昭和34年」

 

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──うわー、とんでもなくムキムキ! すごいな。

 

「もともとは相撲やってたんだよ。これが全国大会」(下写真参照)

 

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「これも昭和34年、太ってる人いないでしょ。みんな筋肉が隆々としててさ。相撲が強ければケンカが強いっていう時代でさ」

 

──確かに、国技というか、格闘家って感じがしますね。

 

「機動隊の先生もやってたの」

 

──機動隊の先生って……いったいどういうことを教えるんでしょう。

 

「相撲を教えてたんだよ。柔道と剣道はもうやってて、相撲もやりたいってさ。『土俵作れないですか?』っていうからさ。『俵だけ用意してくれれば土俵は俺が作ってやる』って。その頃はさ、指導ができて、土俵も作れるっていうのが両方できる人がいなかったんだよ」

 

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──この前列の真ん中がご主人ですか?(上写真参照)

 

「そうだよ。『お父さんいい男だったんだね』って子どもに言われるよ」

 

──この頃は、このお店もやりながらですか?

 

「そうだよ」

 

──ジンギスカンやって、土俵も作って、相撲教えて、すごい。

 

「今は77歳だよ」

 

──元気だなー。ところでご主人、生まれたのはこの辺りだったんですか?

 

「(千葉県の)市川市。昭和17年生まれ。肉なんか食えない頃だったからさ、懸垂やったり腕立て伏せやったりして鍛えるしかなかった。市川っていうのはさ、東京の問屋の旦那衆の別荘地だったんだよね。関東大震災でこっちに移り住んだ人が多くてさ。小学校の時にさ、女中さんがカバン持ってくる生徒がいたもん」

 

──じゃあ小学生になる前に終戦を迎えたわけですね。

 

「食べるもんがないからさ、みんな芋だとか大根だとかさ、麦が多かったかな。究極の貧乏人ばっかりだったよ(笑)」

 

準備が大変だから予約しか受けない

──こちらのお肉も美味しかったけど、タレもまたいいですね。さっぱりしていて。

 

「でしょう。ちょっと辛口だけどね。45年ぐらい味を変えてないよ。これだと思ったらずっと変えない。ちょうどいいとおもったら変えないんだよ。昨日来た人がさ、『タレの作り方を教えてくれ』っていうんだけどさ、いくら積まれても教えないっつうの。金には困ってないんだよ(笑)」

 

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 ──秘伝のタレなんだ。

 

「よくお客さんが何年かにいっぺんきてさ、『味がちょっと変わったね』って言うんだけどさ、変わったのはそっちの舌だっていうの(笑)。体調でさぁ、変わるだろ? 風邪ひいてたら味覚変わるじゃない。同じことなんだよ。冗談じゃないっつうの。こっちは職人やっててよ、レシピは頭の中に入ってるんだよ」

 

──ははは。そうですね。味が変わるのは食べる方の問題。

 

「みんな簡単にやれると思ってんだよな。肉だってさ、いい厚みを考え考え切らないといけないでしょ? タレだってさ、『おじさん、これ自分で作ってんの?』って聞かれるからさ。売ってるなら買ってこいっていうの(笑)。大変なんだよ。ご飯だってさ、一人2杯分は用意しておかなきゃいけないだろ。2人だけならいいよ。それが10人来たらどうすんだよ。みんな簡単にできると思ってんだよ(笑)。確定申告もしなきゃいけないしさ」

 

──準備が大変だから予約制になっているんですね。

 

「そう。でもさ、たとえば10人来たって何人前食べるかわかんないよ。ひとり1人前以上は食べて欲しいよ本当に」

 

──本当ですね。「ひとり1人前以上は絶対に食べること!」って記事に書いておきます。こちらの営業時間はどうなってるんですか。

 

「12時から19時までってしてるけど、予約が入る時間によってだね。一応15時から休みなんだけどさ、お客さんの都合でわかんないじゃない。相談次第だね。どうしても仕事の後で遅くなるっていうんだったら本当は19時までだけど19時半までいいよ、とかさ。休みは年に1回か2回、休みたいとき休む」

 

築年数はなんと100年以上

──あの、ずっと気になっていたんですけど、あそこのオブジェはなんなんですか?

 

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「あれはうちの奥さんだよ(笑)」

 

──えっ、奥さん?

 

「いや、本当の奥さんは今病院にいるんだけどさ。もともとはね、成田高校の生徒たちが作ったのを、置く場所ないからって置いていったのよ。美術の先生がね。で、奥さんのかわりに置いてるの」

 

──謎がとけました。生徒たちの作品だったんだ。というかこの建物すごいですよね。天井がすごく高い。

 

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「小学校の校舎だったんだよ。昭和30年代ぐらいの日本の小学校ってこういう造りだったの。それを昭和35年、36年ぐらいからどんどん壊してコンクリートにしていったの。ここも壊されるっていうんで、それを引き取って協会の建物にしたんだよ。昭和51年だったかな」

 

──なるほど、緬羊協会がこの旧校舎に移転してきたわけだ。

 

「そうそう、100年以上前の建物だよ。っていうことはさ、この木が生えてたのは、おそらく文化文政時代だよ。近藤勇だとか土方歳三とか生まれる前、ペリーがやって来る前だよ」

 

──ははは。ペリー来航より前の木ですか。すごいな。

 

お会計を済ませ、最後にお店の前でご主人の写真を撮らせていただいた。

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いつもしまっているというのれんを出してくださった。

 

「なんでのれん出さないの? って言われるけどさ、予約のお客さんしかないから出す意味がないんだよ(笑)」

 

100年以上前に作られた校舎の中で、羊と日本の関わりに思いを馳せつつ、美味しいお肉を食べてビールを飲み、床の上は砂で、窓の外からやわらかい日差しが入ってきて……。

家に帰った後に「あれはなんだったんだろう。夢?」と不思議に思い返すようなひとときだった。

 

店舗情報

【閉店】緬羊会館

住所:千葉県成田市小菅1393-4
電話番号:0476-35-0129
営業時間:12:00~19:00
定休日:不定休

※このお店は現在閉店しています。
飲食店の掲載情報について。

 

書いた人:スズキナオ

スズキナオ

1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。

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