日の丸のデザインが他の国のデザインに影響を与えたというのは本当か
とある言説によると、アジアを中心に欧米の植民地になっていた国々が独立をする際に、日露戦争や太平洋戦争で欧米相手に戦った有色人種の日本の国旗である日の丸のデザインはリスペクトされ、いくつかの国の国旗のモデルになったのだそうです。
耳触りがいいこの言説は広く語れる傾向にあるので、果たしてこれは事実であるのか検証いたしたく、今回は日の丸にデザインが似ている旗の起源を見ていきたいと思います。
1. グリーンランド
氷河と海と沈む太陽
グリーンランドはデンマーク領ですが自治領として独自の旗を持っています。
もともとは他の北欧各国と同じような白・緑・青の十字のデザイン、いわゆる「ノルディッククロス」のデザインでしたが、555ものデザイン案の中から政府が選定し、1985年に正式に制定されました。
さてこのデザインは、白はグリーンランドの80%を覆う氷河を、赤は海を、そして円は海に沈む夕日を表しています。太陽は短い夏の間の暖かさと喜びも表現しています。
色もレイアウトも日の丸と似ていますが、このデザインに到る文脈はまったく異なりますね。もちろん日章旗と関係ありません。
2. ロシア連邦・サハ共和国
厳寒の大地に昇る太陽
サハ共和国はシベリア東部にあるロシア連邦内の共和国で、首都はヤクーツク。
モスクワからは約6,000キロも離れており、 むしろ日本の方が近いくらい遠いところにあります。気候は厳寒で、史上記録された気温で最も低いマイナス72度が記録されたのは、サハ共和国のオイミヤコンという町のことです。
先住民はツングース系民族のエベンキ人で、13世紀ごろからチュルク系とモンゴル系の混血である遊牧民サハ人が征服し、その後18世紀にロシア人毛皮商人の進出でロシア帝国に併合されました。
さて、サハ共和国の現在の国旗は1992年に制定されたもので、上から青空に浮かぶ太陽、白は積もる雪、赤は咲く花、緑は草原を表現しています。白い太陽は永遠の生命、白の雪は希望と知恵と優しさ、赤の花は強さと勇気と栄誉と力への切望、草原の緑は喜びと健康、そして国家への軍事的献身を意味しているそうです。
日章旗との関連はありません。
3. キルギス
キルギスの伝説の英雄マナスの伝承に基づいたデザイン
キルギスは中央アジアの国で、遊牧民キルギス人が多数派の国です。歴史的にテュルク系やモンゴル系など様々な民族と混血していますが、他の中央アジアの国々と比べキルギス人は非常に日本人に似ているため、「日キルギス同祖論」なる説も存在するほどです。
さてキルギスの国旗は旧ソ連独立後の1992年に制定されました。この赤字に太陽のデザインは、英雄マナスが赤色の旗の元に40の諸部族を統合しキルギスを成立させたというキルギス人の伝説に基づいています。太陽の中の紋章は、キルギス伝統の移動式住居の天井のデザインを図案化したものです。
日の丸との関係はありません。
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4. バングラディシュ
緑豊かな土地に昇る太陽
バングラディシュという名は「ベンガル人の国」という意味で、実際に98%がベンガル語を母語とするベンガル人です。1947年にムスリムが多く住む西部のパキスタンと同時に東パキスタンとして独立しますが、1971年にパキスタンから独立を宣言。第三次印パ戦争の結果、独立国となりました。
さて、バングラディシュの国旗は背景が濃い緑の他は日の丸に似ています。これは日の丸からインスパイアされたのかと言うとさにあらず。もともとは画家カムル・ハサンが描いたデザインで、緑の地に赤い丸が描かれ、その上に黄金色でベンガルの国土が描かれたものがオリジナルです。独立の際に赤丸の中の黄金色の国土が取り除かれたデザインが正式に国旗として制定されました。
緑の色はイスラムの緑と説明されることもありますが、若さや活力、ベンガルの草原を表しています。赤は昇る太陽と、1947年にパキスタン人に虐殺された数千人のバングラディシュ人の血を表しています。
公式には日章旗がモチーフにされたとは言ってません。
5. ラオス
自由と独立、国土とメコン川、人民の団結
ラオスは1953年にフランスから独立し、ルアンパバーン王を国王に頂く王政国家となりますが、右派・中道派・左派による内戦が続きます。ソ連と北ベトナムの支援を受けたパテート・ラーオが農村地帯を制圧する一方で、アメリカの援助を受けた政府軍が討伐戦を繰り広げ、アメリカも爆撃で政府軍をサポートしました。しかし、ベトナム戦争が北革命軍の勝利に終わると、アメリカも徐々にラオスから撤退。1975年にラオス愛国戦線(パテート・ラーオ)が無血革命に成功し、王政を廃した「ラオス人民民主共和国」を樹立させました。
ラオスの前身となるランサーン王国では、王国の創始者は白い象に乗って白い日傘をさしてラオスに現れたという伝説があります。そのため3匹の白い象と白い傘は長年王位のシンボルで、象が立つ階段は仏教の五戒律を表します。1953年以降の王政の国旗もそれをそれを踏襲しています。
1975年の王政廃止以降、国旗も新たにされました、ラオス政府はこの国旗の意味を特に公式アナウンスはしていませんが、赤は自由と独立、青は国土とメコン川、白は人民の団結を意味すると言われています。
特に日章旗との関係性は見出せません。
6. ミャンマー・シャン州
シャン人の勇敢さや平和への思い、シャン州の土地を表す
シャン州はミャンマー東部にある州で、中国、タイ、ラオスに国境を面しています。
タイ系民族のシャン人を多数派として、漢民族系のコーカン人、クメール系のワ人など様々な少数民族が混在している地域で、軍閥の支配区や政府軍の支配区、無政府地帯がモザイクのように存在し、わずかな都市しか中央政府のコントロールが効いていません。
さてシャン州の旗は、黄色はシャン人が信仰する仏教を、緑色はシャン州の豊かな農地を、赤色はシャン人の勇敢さを表し、白い円はシャン人の平和への希望を象徴する月を表します。これは太陽でなくて月なんですね。
もちろん日の丸との関連はありません。
7. パラオ
太平洋の上の島国が独立したことを示すデザイン
南太平洋に浮かぶパラオ共和国は、第一次世界大戦後に日本が統治した旧ドイツ南洋諸島領の一部で日本との関係が深く、日本由来の単語が今でも使われてるし、1993年には日系のナカムラ大統領が就任したりしています。
そんなパラオの国旗は非常に日章旗に似ていて、一部の言説ではパラオの国旗は日章旗をモチーフにして作られ、太陽ではなく月をあしらい、日本に失礼のないように円を中心からずらしているとか語られることがあります。
しかし実際のところ、パラオ政府にこのような逸話の公式文書は登場せず、国旗のデザイナーもこの話は否定しています。青は太平洋の色を表し、満月の黄色はパラオが熟して独立国として明るい世界の仲間入りを果たしたことを表しています。パラオの海に浮かぶ月は非常に印象的で美しく、それを国の象徴として取り入れたというのが正しいようです。パラオでは伝統的に月の満ち欠けが行事として重要な事柄を象徴するという伝統的な価値観もあるようです。
公式には特に日章旗との関係性は見出せません。
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まとめ
太陽のデザインは別に日本の専売特許でもないですし、太陽の形は希望や生命や永遠といった意味になるしデザイン的にもいいので、日の丸があろうがあるまいが、同じようなデザインは当然出てくるでしょう。また、異なる文脈や意味を込めてデザインしていっても、結果的に似たようなデザインになるような場合もあります。
たまにまだ、パラオやバングラディシュの国旗が日の丸をモチーフにしているという勘違いが語られることがあるので、 それは間違ってることを理解していだけるといいと思います。
参考文献・サイト
国旗・国家の世界地図 21世紀研究会編 文藝春秋 2008年7月20日第1刷発行