飲食系アプリは装いが足りない--フード×テックを実践するクリスプ&カチリ宮野氏

阿久津良和 別井貴志 (編集部)2019年04月15日 13時37分

 1つ1つ手作りで提供するカスタムサラダ専門レストラン「CRISP SALAD WORKS(クリスプ・サラダワークス)」を運営するクリスプ代表の宮野氏は「『注文体験』を進化させる」をキーワードにIT企業カチリを設立した。各飲食店による料理注文をモバイル経由で行う「モバイルオーダーアプリ」、注文体験の質を高める「キャシュレスセルフレジ」を提供し、フード×テクノロジーを自ら実践する。クリスプおよびカチリの代表取締役社長である宮野浩史氏に、取り組みの意義を伺った。

クリスプおよびカチリの代表取締役社長である宮野浩史氏
クリスプおよびカチリの代表取締役社長である宮野浩史氏

――「CRISP SALAD WORKS」を運営しながら、IT企業であるカチリを立ち上げ、どのような取り組みを行うのかお伺いします。まずは宮野さんの経歴を教えてください。

 はい。千葉県生まれで高校までは普通の学性です。ただ、その頃からあまり学校が好きになれず、通わなくなりました。高校を中退してアルバイトしていた頃、親から「高校だけは卒業してくれ」とお願いされたため、親の知人がいる米国に留学しています。それが15歳のときでした。自分は英語もできず頭もよくありませんでしたから、教会のような場所で行われていた無料の英語レッスンを受けました。

 お世話になったホストファミリーの方が、さまざまな商売を手掛けていました。高校を卒業するタイミングで、その方から「新ビジネスを手伝ってくれないか」と誘われたんです。通常であれば18歳の自分は、ホストファミリーの方が経営する企業に入社すると思うでしょう。だが、その方は「フィフティ・フィフティのビジネスパートナーとしてやろう。俺はやり方を教える。動くのはお前だ」と。

 そのビジネスは風変わりで、天津甘栗を米国で販売するというものでした。もう20年以上前の話ですが、当時の米国で甘栗は認知されておらず、我々が先駆けになったと思います。ホストファミリーの方は中国系で天津市に人脈を持っていたため、輸送船でシナグリを仕入れ調理したものを、中華系や日系スーパーマーケットの軒先で売っていました。

 それが驚くほど儲かるんです。日本で天津甘栗は儲かるような印象はないと思いますが、良いときは1日40万円ほど売り上げました。他のスーパーマーケットにも、売り上げの10%を支払う契約を結んで1日だけの約束で販売したところ好評で、翌日からも販売させてもらえることになりました。このようなビジネスをロサンゼルスとサンディエゴ、シカゴで展開し、一時期はアルバイトを雇って20カ所ほど出店しています。

 その頃の自分は18歳で免許がなかったので、運転手を雇ってアルバイトを各店舗に送り出し、夜には売り上げを回収すると1日で200~300万円の現金が集まりました。日本でいうところの露天商ですね。それなりに楽しいビジネスでしたが、自分も若かったため「格好良くない」と思い始めたんです。知人や友人に「米国で何しているの?」と問われて胸を張れないなと。

 他にもいくつかの飲食系ビジネスを手掛けましたが、ちょうど2001年にアメリカ同時多発テロ事件が起きた頃から法律も厳しくなり、労働ビザも更新できないため、日本へ帰ってきました。その後はタリーズコーヒージャパンに入社します。松田さん(タリーズコーヒージャパン創業者 松田公太氏)にも可愛がっていただき、当時は緑茶専門店のクーツグリーンティーを始めた直後でしたので、店長や事業責任者を務めました。その後タリーズコーヒージャパンは伊藤園に買収されますが、荻田さん(タリーズコーヒージャパン 代表取締役会長 荻田築氏)にも懇意にしていただきました。

 ただ、5年ほど務めていると、30人ほどの人間が顔をつきあわせた商品開発会議への参加や、稟議書を書くことが仕事になり、疑問に感じるようになったのです。今よりも若輩でしたので、「大きなチェーン店じゃ自分のやりたいことはできない」と思って退社しました。そこで役立ったのが米国での経験です。カリフォルニアではテキサス風メキシカン料理のTex-Mexが大人気でしたので、それを日本に展開しようと2007年ごろに麻布十番で開いたのが、ブリトーとタコスの専門店フリホーレスです。

 1年に1店舗ずつ出店先を増して順調でしたが、4~5年経つと最初はブリトーが好きで出資していただいた方々との関係も変化し、僕が引くことになりました。そこで始めたのがCRISP SALAD WORKSです。ニューヨークなどではサラダを単独で食べる習慣があり、日本人というよりは米国人向けをイメージしていました。同じく麻布十番の外れた場所を選び、アルバイト数名と共にオープンさせたところ、当初は200~300万円程度の月商が、2カ月程度で1000万円に達するようになったんです。

 予想以上にお客様がいらっしゃり、大通りまで行列ができるようになりました。こうなると待たなければならないお客様はイライラしますし、店員側もプレッシャーを覚えるという悪循環が発生します。オープン当初の常連客も「混雑するほど人気が出て良かった。でも近所の人間としては通いづらくなった」と言われました。1店舗のスタッフが30~40名まで拡大すると、常連客とのコミュニケーションが減り、顧客満足度も低下します。

 以前の会社員時代もそうでしたが、自分は広告の類ではなく、お客さんにお金を使いたいのです。同じ1000円でも呼び込みで来たお客様と、(料理に)満足して支払う1000円は同じではありません。お客様もお店を好きになればなるほど、割り引きは望んでいないと思います。CRISP SALAD WORKSで得た売り上げを面白いことに使おうと考えたところ、お客様をお待たせする反省を踏まえて始めたのが「カチリ」です。

 お客様は店の売り上げが伸びるほど面白く感じません。行列が長くなればスタッフとの雑談もできず、お客様と店の距離も離れていきます。しかし、アプリケーション(以下、アプリ)で注文しておけば、顧客データが蓄積されるので、ドレッシングの量やお手拭きの数もお客様ごとにカスタマイズできます。「――――さん今日もありがとうございます」と話しかけることも容易でしょう。モバイルアプリによる最適化や無人化ではなく、話す・つながる時間を増加できるとの判断から、「モバイルオーダーアプリ」を2017年7月にリリースしました。

 常連のお客様を想定して開発していますので、最初は使いにくくても慣れれば便利になるアプリを、と考え、不用なUIは極限まで削りました。当初の開発は外部委託で検討していましたが、なかなか互いの感覚が合わず、内部開発に至ります。多くの飲食系アプリはビジュアルやデザインという観点が抜け落ち、パートナーになる開発会社を見つけるまで時間がかかりました。その後、内部開発に至ります。多くの飲食系アプリはビジュアルやデザインという観点が抜け落ち、スタイリッシュではありません。でも、テクノロジーが進化した現在、お客様がお店から受ける印象は店舗やウェブからだけではなく、アプリも含まれます。アプリがダサいとブランド感は崩れてしまうでしょう。われわれはアプリもタッチポイントの1つととらえています。

 リリースしたところ飲食関係者や大手企業から多くの問い合わせをいただき、せっかくだから我々だけではなく、困っている飲食店さんにも提供しようとの思いもあって、カチリを始めました。

――アプリ開発は先行投資が必要です。効果としては成功に至りましたが、その辺りは予想が的中した感じでしょうか。

 一連の仮定はありました。それ以上に大きいのは、飲食業が今の形状で10年続けられるのかという点です。やる・やらないではなく、変えなければ生き残れません。飲食業の将来は顧客満足度の向上がカギを握りますが、現状のままでは指標化もおぼつかないでしょう。また、売り上げではなくLTV(顧客生涯価値)を指標にするためには、お客様がデジタルの世界に入る必要があります。

 現在アプリは月に1.5万人が使ってくださいますが、総客数の4分の1のお客様がアプリ経由で注文されています。我々は全店舗でお客様の来店数や注文数、(顧客が90日間訪れなかった場合を示す)離脱率といった情報を取得してきました。一般的な飲食店は売り上げを元に店舗の評価を判断しますが、混雑する店舗ほど顧客満足度は低下します。しかし、LTVで判断すれば店舗やスタッフを正しく評価できるでしょう。我々もチャレンジの途中です。

 他方で飲食関係者は本来「このお客様に再訪してもらおう」「おいしいと喜んでもらおう」という考え方を持つ方が少なくありません。その彼らに「売る」をやらせてもうまくいかないでしょう。

――モバイルオーダーアプリを実店舗に導入した際の効果を教えてください。

 スループット(1時間で提供できるサラダの数)ですね。理論値は1.7倍、つまり100個が170個になりました。実店舗で注文する場合、お客様もスタッフも待ち時間が発生します。しかし、アプリならその時間が存在しないため、スタッフも接客と調理に分離できますので効率が向上し、ピークタイムでもスムーズに運営できるようになりました。また、客単価も15%ほど向上しています。アプリ経由はじっくりと考えるお客様が多いため、より多くのトッピングを選ぶ傾向が見られました。

――「モバイルオーダーアプリ」「キャシュレスセルフレジ」は外部販売されていますか。

 何件か受託する形でサーバー設置など取り組んでみましたが、負担が大きいため、お断りするようになりました。その代わりにSaaSとしてマルチテナントプラットフォームを開発し、2019年5月ごろに提供する予定です。飲食店などの担当者は自社のメニューを登録すれば自社サイトのように使えます。

 すでに数社から内定をいただきました。SaaS版は月額のサブスクリプションモデルで価格設定は未定ですが、1店舗あたり月額数万円程度を想定しています。

 我々は飲食業のノウハウを蓄積してきました。アプリやSaaS版には、その知見を生かしています。そこが他のソリューションと大きな違いでしょう。

――今後の展望について教えてください。

 将来的にはレジのない世界が訪れるでしょう。POSレジスター(以下、レジ)がタブレットレジに置き換わりつつある現代のように、未来はタブレットレジがスマートフォンに代表されるマルチチャネル化に至ると思います。たとえば飲食店を開業する際、レジの設置やメニューの印刷といった欠かせない作業があります。そこに「モバイルオーダーアプリ」が必須アイテムとして数えられる世の中を目指すのが中長期的なゴールでしょうか。

 ちなみに2019年4月26日には、ベーコンやサラミ、生地も自家製のカスタムピザ専門店「R PIZZA(アール・ピザ)」を六本木ヒルズでオープンする予定です。米国では1人でも気軽にピザを食べますが、日本だと口にするシーンが限られてきました。外食では誰かと一緒に、デリバリーは1人には量も多く、高額になりかねません。そこで専門店で食べられるようなピザを、もっとリーズナブルかつカジュアルに食べられるお店がほしいと思いました。PCで仕事しながらピザを食べても構わないんです。

「将来的にはレジのない世界が訪れるでしょう」と、宮野氏
「将来的にはレジのない世界が訪れるでしょう」と、宮野氏

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