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『逃げ恥』の新垣結衣はなぜここまで魅力的なのか 他の女優には出せない彼女の底力

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

『逃げるは恥だが役に立つ』の新垣結衣は圧倒的な魅力に満ちている

『逃げるは恥だが役に立つ』の再放送を見ていて、この作品の新垣結衣は圧倒するような魅力に満ちていると感心してしまう。

ただただ、惹きつけられる。

星野源にも惹かれるし、星野源はこのドラマのイメージがとても強いのだが、しかしここに展開しているのは新垣結衣の世界である。再放送の視聴率も順調なので、新垣結衣に胸つかまれてキュンとなっている人で満ち溢れているだろう。つまらなさそうにふーんという表情で見てるおじさんたちも、おそらく胸の中でハートが飛び交うきゅんきゅん状態だとおもわれるが、それはたぶんそっとしておいてあげたほうがいい。

『逃げるは恥だが役に立つ』について、いまさらあらためて説明しておくと、星野源の演じるヒラマサさんと新垣結衣の演じるミクリは、好きでもなく恋愛をしたわけでもないが、それぞれの得するだろうという納得のうえで「偽装」で結婚した。

肉体的な接触は一切ない(少なくとも結婚当初はない)。

「契約」に基づいた結婚であり、家事を労働として正当に評価し、それへの対価を払っている。

よりよく家事をこなすために、雇用主(偽装の夫)と従業員(偽装の妻)のあいだでたびたび話合いがなされる。

考えてみれば、家事について夫婦で細かく話合いをするというのは、とても理想的な関係である。

恋愛感情と生活が結びついてないから、いろんなことに感情的にならずに済む。

つまり、恋愛結婚というのは、夫婦間のいろんな決めごとをかなりの確率で感情的にさせてしまう方式であると、あらためて気が付いてしまう。それが恋愛の先に結婚をしたがる女性が多い理由ではないかと勘ぐってしまうが、いまここで論ずる話題ではない。

双方の親を納得させるために結婚している体を装う二人は、同じ部屋に暮らしながらも、男と女の交流はいっさいない。中学一年生のお付き合いのようである。一緒に暮らしている二人がお互いを意識し始めるさまは、「中学生から高校生あたりの純粋なお付き合い」ふうになってしまい、それを新垣結衣と星野源が演じたために、人気が爆発してしまった。

設定もうまいのだが、やはりこの二人が演じたのが大きい。

新垣結衣がとても純に見える。

中学生や高校生には見えないが、でも、そのころの純粋な気持ちを持ち続けている女性に見える。彼女はべつだん恋愛に疎いという設定ではなかったが、星野源がとても恋愛からほど遠い理系男性という設定でこのペースで展開するので、とても無器用な恋の展開になってしまった。

彼女は、男性と一緒に暮らしているのに、かなり無防備で無頓着で無邪気なところが、とても魅力的だった。そういう不思議な設定をとてもリアルに感じさせるのが、新垣結衣の底力である。

長澤まさみがメインで、新垣結衣は端っこにいた『ドラゴン桜』

新垣結衣の魅力は、親しみやすさにあるとおもう。

存在が近いのだ。

ドラマを見てると、すぐ近くにいてくれるような気分にさせる。

それは新垣結衣の存在感だ。

そのへんが長澤まさみや綾瀬はるかや、戸田恵梨香や、吉高由里子と違う。彼女たちはもう少し強い。薄い結界を張っている感じがする。

でも新垣結衣は、少なくともドラマの中で演じている新垣結衣にはそんな気配がない。

見てるほうにすこしだけ寄ってくれてる感じがする。無防備に無頓着に近寄っていて、そこには女性の色気はなくて家族のように近寄ってくるのだけれど、かえってそのぶん、女性らしさに満ちていて、近寄られるほうはくらっとしてしまう。そういう魅力です。

新垣結衣はぱっと見たときよりも、見つめられ見つめ返していると、どんどんきれいに見えてくる。動的ではなく静的なほうがいい。あまり意識しないで見られている姿がいい。受け身な美人である。

新垣結衣を見た最初のドラマといえば、2005年夏の『ドラゴン桜』になる。

平均偏差値36の底辺高校から東大をめざす6人の高校生のうちの1人だった。

6人は、山下智久に中尾明慶、小池徹平、サエコ、長澤まさみに新垣結衣だった。

長澤まさみと新垣結衣は対立的な仲間だった。山下智久をめぐってふたりが喧嘩になるシーンもある。

このドラマのメイン生徒は山下智久と長澤まさみで、新垣結衣は端っこのほうの役だった。教師役の阿部寛が6人ひとりずつに声をかけるとき、新垣結衣に向かっては、おまえだれだっけ、と言うシーンがあるくらい、それぐらい目立たない役でもあった。それが17歳の新垣結衣である。『ドラゴン桜』はいいドラマでした。

15年ぶりの続編が2020年夏に予定されていたが、一年延びるらしい。

『コード・ブルー』と『リーガルハイ』の人気を支えた新垣結衣の力

そのあとの彼女が出たドラマは『パパとムスメの7日間』『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』『パパとムスメの7日間』、そして2008年から『コード・ブルー〜ドクターヘリ緊急救命』に出演する。

これは3rdシーズンまで制作された人気ドラマである。

芯がしっかりして責任感が強いけど、控え目で自己主張が弱いという役どころだった。新垣結衣らしい役どころである。しっかりしてる。でも前には出てこない。

たぶんそれが新垣結衣が輝くポイントなのである。そういう新垣結衣の姿に引き込まれる。彼女がそういうポジションに着くと、ドラマも力を持つ。

2011年には『全開ガール』で主演となる。

東大法学部卒で、野望たっぷりの新米弁護士役で、強気で意固地なキャラクターだった。これはこれでいまどきないい女である。でも前にどんどん出てくる役で、そうなると新垣結衣の魅力は全開という感じにはならなかった。

翌年2012年にも『リーガルハイ』で弁護士役を演じる。こちらは堺雅人演じるハイテンション弁護士のキャラが前面に押し出され、その異様さを際立たせるための「正義感の強い真面目な弁護士」役だった。これは合うのである。全開ガールと性格設定は近いのだが、ポジションが少し下がるだけで新垣結衣の姿が忘れられなくなる。そういう女優なのだ。

『掟上今日子の備忘録』は、一晩寝ると(一晩とかぎらず、とにかく寝ると)それまでの記憶がリセットされる「女探偵」の役だった。探偵のときは溌剌としていて有能だが、記憶が消えると無力である。でもそれを淡淡と受け止め、前に進む姿は潔く、勇ましくでも儚げである。儚さを目の当たりにすると、心乱されてしまう。

「芯は強く、表面はソフト」であることが魅力の源

2018年の『獣になれない私たち』は働く女性の物語だった。

彼女は、職場ではきびきびと働いている。やらなくてもいい仕事までたくさん割り振られ、それをきちんとこなしていく。見ていてすこし痛々しい。仕事が増え、それを処理しても、誰も褒めてくれない。

でも手を抜かない。すべてを受け入れている。そのうち無理が出てくる。ときどき破滅的行動に出る。そういうところに新垣結衣らしさが全開になる。

彼女は受け身であると美しい。受け入れる女を演じていると目が離せない。もちろんただ受け入れるだけではない。芯の部分では「しっかりした自分」はある。最後のところは強い。でも見える部分は嫋(たお)やかである。凜としてるのに、たおやかというのが新垣結衣の魅力なのだ。芯の部分に気が付くと目が離せない。

そういう新垣結衣の魅力が全開だったのが『逃げるは恥だが役に立つ』である。これが1つの代表作であるのは間違いがない。ショートヘアで颯爽としてる姿が、ただただ胸の奥のほうに残ってしまう。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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