粉というものがある。食用に限っても、小麦粉や米粉、片栗粉、道明寺粉、蕎麦粉など、世の中にはいろいろな粉が存在する。粉にすることで日持ちするし、いろいろな料理に使うことができる。我々の生活に粉がないことは考えられない。
世界中に粉は存在するわけで、日本ではあまり馴染みのない粉も、海外では普通に売られていたりする。そこで、海外で適当に買ってきたよくわからない粉を、天ぷら職人に美味しく料理してもらおうと思う。
海外で買う謎の粉
パスタもうどんも蕎麦も粉からできている。使う粉は作るものによって異なるけれど、大きくみれば粉だ。先にも書いたようにいろいろな粉が存在する。小麦粉だけを見ても、強力粉、中力粉、薄力粉、そして全粒粉、グラハム粉など、さまざまな分類がある。
買い占めする輩などがいない限り、日本のスーパーに行けば手軽に様々な粉が手に入る。日本人の我々が確実に読める文字で、その粉が何なのか書いてあるので、用途によって、必要な粉を買えばいい。知らない粉でも検索すればなんの粉かわかる。
もちろん「粉」は海外でも売っている。そんな粉を求めて、私は南米「エクアドル」に行った。一昔前、日本で売っているバナナと言えば「エクアドル」だった。今はフィリピン産が多いけど。そんな国にも粉は売っている、謎の。
エクアドルの市場を歩いていたら、粉を売っていた。何の粉なのか説明はなく、聞いたところでエクアドルはスペイン語なので、私には何一つわからない。本当にわからない。匂いを嗅ぐとどうやら小麦粉ではない、くらいしかわからない。
いくつかの粉を買った。よくわからない白い粉を。現地の人達は信号が赤から青に変わり歩き出すように当たり前に買っているけれど、私としては、「なんだ、この白い粉は」と頭の上に「?」を灯しながら買った。日本ではあまり見ない粉な気がする。
エクアドルは赤道という意味。赤道で買った謎の白い粉ということだ。なんだか貴重な気がした。ただゴミ袋のような、恐ろしく薄い黒い袋に入れてくれた。これを持って日本に帰り、料理しようではないか、なんの粉か知らないけれど。
プロに美味しくしてもらう
謎の白い粉を買ったけれど、私は料理の専門家ということではないので、その粉をどう料理すればいいのかわからない。そこで粉と言えば、ということで浦安にある天ぷら屋「天悟」に料理をお願いすることにした。
大将の宇田川さんは銀座にある天ぷらの老舗「天一」で20年修行をした一流の天ぷら職人だ。いろいろな料理に精通しており、天ぷらだけではなく、小鉢なども美味しく、ゲリラ的にカレーを出す日もあれば、水出しコーヒーが美味しすぎて、常連さんに所望され、レギュラーメニューになったりもしている。壁左奥のメニューを見て欲しい。分かっていただけると思う。この謎の粉を天ぷら以外でもきっと美味しくしてくれるはずなのだ。
なんだこれ?
わかんないですよね!
これ単体なんじゃなくて、他のものもいらっしゃる感じだね
1つの粉に他の粉も混ざっている感じですか?
たとえば、これ。そら豆粉だと思うけれど、他にもいらっしゃる!
そら豆粉は日本ではあまり見ないけど、グルテンフリーだからいいと思う。ただ他の粉も混ざってるな
グルテンフリーいいですね!
最近は粉も増えている。野菜も粉になっているし、醤油や味噌も粉になっている
そんなものも粉になっているんですね!
でも、そら豆粉にいろいろ入ってる、質もよくないな……
危ない粉ではないんですね
大丈夫!そういう粉ではないね!
よかったです、本当によかったです!
エクアドルから買ってきた「そら豆」、「コーン」、「バナナ」の3つで料理を作ってもらうことになった。なんの粉かわかったのはいいけれど、「そら豆」、「コーン」は単体ではなく、それをメインに他の香辛料的な何かも入っているとのこと。ちなみにバナナはエクアドルのスーパーで買った粉。市場で買うといろいろ混ざっているようだ。
謎の粉が美味しい!
謎の粉を渡して2週間ほど、大将に料理の仕方を考えてもらった。少なからず、一般的な天ぷら屋で使う粉ではないので、考える時間が必要なのだ。どんな料理になるのかとドキドキの2週間だった。
悩んだよ!
ですよね!
フレンチやイタリアンのシェフにも粉を見てもらったんだけど、テンションが上がる粉ではないと言ってたよ
そういう白い粉ではないからですかね?
いや、そういうことではなく! 粉として質がいいわけでもなく、創作意欲が出る粉ではないみたい。俺もどうしていいか本当に悩んだ
ちょっと疲れていますよね?
お店が終わってから、深夜1時2時までいろいろやってみたんだけどね
ありがとうございます! めちゃくちゃ軽い気持ちでお願いしちゃって
なるべく粉の味を生かした料理にした。カレーに入れるとかすると全部カレー味になるからせっかくの粉の良さが生きないから
さすが、プロ!
まずはそら豆粉を使ったポタージュ。
【材料】
- そら豆粉
- 牛乳
- コンソメ
- 醤油
- イタリアンパセリ
- 胡椒
「そら豆粉のポタージュ」が完成した。めちゃくちゃ簡単だ。5分ほどでできてしまった。どこの家にもあるもので作ることができる。一番の問題はそら豆粉だけれど、グルテンフリーだし日本でもそのうち、流通しまくるのではないだろうか。
そら豆の甘さのようなものがある。若干の醤油がポイント。醤油を入れる前は風味があまりよくなかった。海外の市場かな、みたいな風味。それが醤油を入れることで消えて最高のポタージュになった。このポタージュを出すお店があったら通う。それくらい美味しい。
次は、コーン粉の団子。
【材料】
- コーン粉
- 小麦粉
- 塩
- 牛乳
スパイシーな香りがしている。これはコーン粉が純粋なコーン粉ではなく、香辛料的なものが入っているからだ。見かけはいいし、やっぱりこれもお手軽に作ることができる。
めちゃくちゃ美味しい。何かをディップして食べたい。その何かは生クリームでもいいし、アヒージョでもいい。ものすごく器の大きい料理になっている。大将は本当は「ポレンタ」を作りたかったそうだけれど、この粉は粒が小さく無理だったそうだ。
最後はバナナ粉を使った飲み物。
【材料】
- バナナ粉
- 牛乳
- 砂糖
- 氷
飲んでみるとバナナを感じる。バナナシェイクとは違うもっといい意味で、現地を感じる飲み物だ。さらに好みでコーヒーを入れるのもオススメ。スタバあたりは商品化した方がいい美味しさになるのだ。これね、マジで美味しい。
家に割とある謎の粉。誰かにもらったり、それこそお土産だったりすると思うけれど、だいたい使い道に困る。しかし、食のプロだと知らない粉でも、最高の料理にしてくれるのだ。しかも、作るのも簡単。これポイントで、結局めんどいと作らなくなるので、大将はベストの解を示してくれたと思う。
天ぷらにもする
せっかくの天ぷら屋さんなので、上記の粉を使った天ぷらも作ってもらう。天悟の天ぷらは美味しいのだ。これ、本当。マジで美味しいの。しかも、高くない。
天ぷらは「究極の蒸し料理」なんだよ
揚げ物ではないんですか?
家庭で作る天ぷらはそうかもしれないけれど違う。衣で包んで中の食材を蒸す
だからですよね、たとえば天悟さんで食べる海老の天ぷら。「エビがプリプリ」というお手本のようなコメントが出るんですよ!
究極の蒸し料理だからね!
油も違いますよね?
関東の天ぷらは「ごま油」を使う。関西だと菜種油だね。江戸時代の天ぷら屋は屋台でやっていて、屋台にはいろいろなお店があるから、匂いでアピールするために、ごま油を使うようになった
期待しちゃいますね、今回も!
でも、さっきの粉だとわからない…普通は小麦粉だから…
プロの技術をつかって、今ではなんの粉か判明した海外の粉で天ぷらを作ってもらった。全てに言えるのは、不味くはないけれど、特別美味しいというわけではない、ということ。先に作ってもらった料理では驚くほど美味しかったのに、天ぷらにすると不味くはないけれど、特別美味しいというわけではない。粉も適材適所ということだ。
せっかくなので、普通の天ぷらも作ってもらった。ちなみにエビは特別に許可を得て、私がスーパーで買ってきた安いやつだ。
冷凍されたエビって臭いんだよね
海の悪いところが出ていますよね!
だから、まず水と酒を混ぜたものにエビをつけると臭みがなくなる
たったそれだけで!
でも、海外の粉のやつは美味しくなかったね。天ぷらというか、フリッターに近いし
粉は大事ということですね!
ちなみに天ぷらの揚げ具合は耳で分かるそうだ。最初は踊っているような賑やかな音で、だんだんとそれが落ち着く。でも、素人には全然わからない。天悟さんは違うけれど、お店によっては私語厳禁ということもあるそうだ。
やっぱり天ぷらには小麦粉だ。めちゃくちゃ美味しい。エビがプリプリ。本当にプリプリ。弾力を感じるのだ。お家でやってもできない。やはり長い修行と経験がこの味を導いているのだ。天悟さんで天ぷらを食べるたびに、食材が最高得点を超えて美味しくて驚く。何度も食べているのに毎回驚くのだ。
適材適所
プロに謎の粉を料理してもらった。簡単な方法でめちゃくちゃ美味しくなった。問題は根本の粉があまり日本では手に入らないことだけど、いずれ手に入る時は家でぜひ作りたい。そして、天ぷらが「究極の蒸し料理」と再認識した。食材が生きてるの。私は、牡蠣は生牡蠣こそ最高と思っているのだけれど、天悟さんに限り、牡蠣は天ぷらと思っている。それくらい天ぷらのプロが作ると食材の旨味が変わるのだ。
注意:
今回は取材のため特別に食材を持ち込んで調理してもらっています。通常はできませんのでご注意ください。
紹介したお店
*ご来店の際はあらかじめお電話にてご予約ください
プロフィール
著者 地主恵亮
1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「インスタントリア充」(扶桑社)がある。
Twitter:@hitorimono