特集 2020年5月18日

滑走路は戦う

滑走路が好きだ。
街や山、あるいは海に巨大で人工的な直線が突然現れるのが、いい。

しかし私は滑走路についてほとんど知らない。でも知りたい。ということで滑走路鑑賞会を開くことにした。

結果分かったのは、「滑走路はいろいろなものと戦っていて健気だ」ということでした。

1997年生まれ。大学院で教育学を勉強しつつ、チェーン店やテーマパーク、街の噂について書いてます。教育関係の記事についても書きたいと思っているが今まで書いてきた記事との接点が見つからなくて途方に暮れている。

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空港好きは大勢いる。しかし滑走路はどうか。あまりいないのではないか。

たぶんそれは、滑走路の全貌が大きすぎて鑑賞しづらいことにも原因があると思う。

しかし、Google Mapの航空写真機能を用いれば、普段は見ることのできない滑走路の全貌を見られるのだ。

というわけでさっそく、Google Map で滑走路鑑賞会を開くことにした。

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(画像はイメージです)

招いた人は全員、滑走路についてほぼ知らない。私もほぼ知らない。つまり、ここには滑走路初心者だけ。これは先行きが不安なフライトといわざるを得ない。かろうじて頼りになるのは、私の手元にある『空港をゆく』という本だけ。

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唯一のフライトナビゲーター、『空港をゆく 改訂版』(イカロス出版 2020)

果たして滑走路を楽しめるだろうか。いや、初心だからこそ見える滑走路の姿だってあるかもしれないぞ、とも自分に言い聞かせ、アンヴィヴァレントな気分の中でさっそく滑走路鑑賞会は始まった。

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滑走路は山との戦いだ

日本全国には2020年現在、97箇所の空港がある。

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国土交通省航空局の「空港分布図」より

参加者の気になる空港を聞いてみると、広島出身の友人が「広島空港が見たい」と言う。

さっそく広島空港の上空に飛ぶ。

広島空港に来た 

ひねりの無い、正攻法の滑走路といったところ。いや、正攻法の滑走路とはなにか、まだ誰もよくわかっていないのだが。

友人が言うには広島空港、山奥にあって相当アクセスが悪いらしい。広島市からも遠いし、広島県で人口第2位を誇る福山市からも絶妙に遠いという。

遠い。広島空港のずいぶん左に「広島」があり、ずいぶん右に「福山」がある。なぜ、この位置なのか

そう思って『空港をゆく』を開くと、広島空港が特集されていた。
それによれば現在の広島空港、作られるときに広島県の中で1位、2位の人口を誇る広島市と福山市のちょうど中間の山地に建設されたのだ。1位と2位で争わないためだろう。あれだ、首都の位置を決めるときに、大きな都市2つの中間地点に作るやつだ。

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DPZでは、広島空港にある赤い誘導灯を特集していた。山の中にあるために誘導灯が赤い橋のようになっているという

行政的な理由で山中に空港が作られたが、この山には深い谷地があり、その標高差は100mにも及ぶ。しかし滑走路は真っ平でなければならない。滑走路を作るために100mほどある谷を全て盛土して平坦にしたという。

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茶色い部分はすべて盛土(『空港をゆく』(イカロス出版、2020年)、p.45より)

でこぼこした山に突如として、どこまでも直線的で平坦な滑走路が現れる。これはいわば、山との戦いの結果である。

見えている滑走路の背後には、見えない戦いの歴史が埋もれているのだ。

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滑走路は海との戦いでもある

山といえば海。海の中の空港も見てみたい。
そこで次に私たちは、海の上に作られた関西国際空港を見ることに。

海にどーん。かっこいい

右にある細い道は関空に向かう「関西国際空港連絡橋」だ。抱きしめたら折れてしまいそう。大胆な空港に比べて、驚くほど繊細。

アップ。海上に現れた軍艦みたいで最高

関空はそれ自体が人工島で、沿岸から5キロという世界でも稀に見る沖合いに建てられた空港。関西の一大ハブ空港であり滑走路の数も多かったため、騒音対策でこんな沖合に作られたという。
先ほどは山と戦っていたが、滑走路、今度は海と戦っているのだ。勇ましい。

長崎空港も海の中にある。なんとこれ、元々は「箕島」という島だった。いかにも島が多い県、長崎といったところか

ちなみに滑走路には、「数字」と「アルファベット」が書いてある。 

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関空の滑走路。「06 L」と書いてあるのがお分かりだろうか

この数字、方角を表している。北を36として、36方位の方角を数字で表しているのだ。

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1から36までが、それぞれの方向に時計回りで当てがわれている

アルファベットの「L」「R」は滑走路が2本以上ある場合に、それが飛行機に対して右(=Right)なのか左(=Left)なのかを表すサインだという。
滑走路鑑賞の参考にして欲しい。

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まだまだ戦う滑走路

さて、滑走路を自然との関わりの中で見ているが、滑走路はまだまだいろいろなものと戦っている。ここからはそんな戦いを紹介しながら、滑走路の基本的な形を紹介しよう。

滑走路が戦っているものの一つ、それが「風」だ。
風は滑走路の形に大きな影響がある。

それは仙台空港を見ていたときのこと。

斜めにズバッと滑走路が!

今までは平行な直線ばかりだったのに、斜めからのアッパーパンチである。クリップみたいでかっこいい。

この斜めに入っている滑走路は横風用滑走路で、このタイプの滑走路を「オープンV滑走路」という。風が滑走路の形を変えているのだ。ちなみに、斜めに滑走路が伸びている例は他にも。

X!突き抜けた!

先ほどのオープンV滑走路はV型だったがこちらは斜めの滑走路がメイン滑走路を突き抜けX型に。
このタイプは「インターセクション滑走路」というらしい。2つの滑走路を、効率よく一つの土地の中に治める工夫として生み出されたという。

今度は「土地」との戦いの結果が、滑走路の形を変えているのだ。

滑走路、いろいろなものと戦っていろんな形に変形して、なんだか健気である。ますます好きになってきた。

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滑走路の凄み

「土地」と戦っている滑走路がもう一種類。もっともオーソドックスで、巨大な空港の滑走路でよく見られる形態の一つ、「クロースパラレル滑走路」だ。

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クロースパラレル滑走路。2本の並行な滑走路が近い位置に存在しているパターン

これだと、土地が狭くても平行に滑走路を敷くことができる。
クロースがあるなら、オープンもある。これも巨大空港によくある。

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オープンパラレル滑走路。2本の並行な滑走路がターミナルを挟んで存在している2本同時離着陸ができる。滑走路の間は、国際航空機関(ICAO)の規定により、1525m以上空いてなければならない。

このオープンパラレル滑走路は、もっとも広く土地を使うパターン。なにせ、2本の平行な滑走路を1525m以上離して作るのだ。自然との戦いの跡が強く見える滑走路でもある。滑走路らしい凄みにあふれているともいえるだろう。 

オープンパラレル滑走路の代表格、成田空港。異常にでかい。Google Mapを動かしていろいろ見てほしい。左上あたりにあるウネウネしたものがゴルフ場なので、それと比べればその大きさがわかるだろう。

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雪にも戦える滑走路

日本における巨大空港の一つに「新千歳空港」がある。その滑走路はどうなっているのか。

ウォホホホ。新千歳空港やはりでかい。右上のゴルフ場、「シャーロックカントリー倶楽部」と比較してみてほしい

空港ターミナルを挟んで、2つの滑走路があるから、成田空港と同じくオープンパラレル滑走路ようにも見える。
しかし、実はよく見ると、左右に2本ずつ滑走路があり、「クロースパラレル滑走路」が2セットある「2倍クロースパラレル滑走路」だとわかる。お得だ。

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クロースパラレル滑走路が2倍に!(国土地理院撮影の空中写真(2001年撮影)を加工して作成)

この左側2本は自衛隊千歳基地の軍用機専用の滑走路で、新千歳空港開業前はこの千歳基地の滑走路を、民間機と軍用機が共同で使っていたという。

スペースの問題などで民間専用の滑走路が作られたのだが、滑走路がこう並ぶことによって、例えば大雪が降ったときでも、4本のうち1本が使えれば着陸できるというメリットが生まれた。

雪との戦いにも備えられる滑走路というわけだ。たしかに、「雪でもなんでもかかってこい」という威勢の良さをこの滑走路からは感じる。成田空港などと同じく、ここにもある種の「凄み」がある。

戦っていない滑走路?

新千歳空港を含め、北海道には数多くの空港がある。おそらく北海道の広さによるのだろうが、中でも北海道東部にある紋別(もんべつ)空港と女満別(めまんべつ)空港、中標津(なかしべつ)空港の距離が近い。

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気になったので、この3つを見てみることにした(『空港をゆく』(イカロス出版、2020年)、p.より)

結論を先に言うとこの3つの空港の滑走路、とてもほっこりした。いままでは「戦う滑走路」を見てきたが、これらの滑走路はなぜか戦っているような気がしないのだ。

それではどうぞ。

紋別空港

女満別空港

中標津空港

どこかから『北の国から』の主題歌が聞こえてくる。大草原の小さな滑走路である(滑走路は小さくはないが)。

緑と滑走路が謎の調和感を見せていて、なんというか、とてもいい。特に中標津空港は、参加者全員が満場一致で萌えた。

これまで見てきた滑走路は、直線な滑走路が自然と戦った跡を色濃く残す、滑走路らしい凄みにあふれた「マッチョな滑走路」だった。そこでは人工物の凄さが最大限に強調されていた。

しかし北海道にあるこれらの滑走路には、なぜかそこまでの「凄み」を感じない(いい意味で)。代わりにそこで感じるのは、謎の安心感である。そこには先ほどまでの滑走路にあった「戦う」という要素があまり感じられないのだ。 

戦いを離脱する滑走路

ほっこりしたところで、鑑賞会も終わりか……と思ったのだが、最後にもう一つ見てもらい滑走路たちがある。今までの滑走路とは少し趣向が異なる滑走路だ。

これは、滑走路……?真っ黒……?

これは、旧枕崎空港の滑走路。「旧」と書いてある通り、現在は空港としては使われていない。かつての滑走路を埋める黒い物体、それは太陽光パネルである。

たしかに滑走路の跡地ほど、太陽光パネルが敷き詰めやすい土地はない。広大で、そして真っ直ぐなので無駄なくパネルが敷けるからだ。

自然と戦い、人工的な直線を出現させる滑走路がここでは逆に自然を取り込みエネルギーを作り出す場所になっている。なんというか、とてもいい。ここで行われているのは、「戦う」という要素から離脱した、「戦う空港」に対する脱構築的行為なのである(主観)。

同じようなものをもう一つ。

旧秋田空港

これもまた、かつての秋田空港の跡地。一見するとなんの変哲もない跡地だが、3Dマップで見ると、ここがどうなっているのかがよくわかる。

それではどうぞ。

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風車がズラリ

実はここ、風力発電のための風車が建てられているのだ。

この空港は、滑走路が手狭になってきたことに加え、海から吹く強烈な横風が原因で移転が決定したという。

その跡地の利用法として、その横風を逆手に取り、風力発電に活かしたのだ。これもまた自然と戦っていた滑走路が、相手である自然の一部に化した瞬間。

ここには悟りの境地すら感じるが、いかがだろうか。


滑走路は健気だった

滑走路はその特性上、どんな土地や場所であっても平坦で長い直線を生み出さなければならない。つまり、最初から自然との戦いを仕組まれているのだ。

しかしその戦いが逆に、周りの自然環境を浮き彫りにすることがある。
例えば広島空港は、元々の山のデコボコが滑走路の平坦さと相まってとても目立つし、北海道の小さな空港では周りの大自然が浮き出てほっこりしてしまった。

戦いのたびに滑走路は変化し、その周りの環境を映し出してきた。そういう滑走路の健気さに、私は惹かれているのだ。

今回見た滑走路は世界中にある滑走路のごく一部。世界ではもっといろいろな滑走路が健気に頑張っている。今後もそんな彼らを見ていきたい。

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去年開業した「北京大興国際空港」。滑走路のインフレ。ヒトデ型の空港デザインは東京の国立競技場を作るはずだったザハ・ハディド。世界の滑走路鑑賞会もやってみたい
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