中学生棋士(加藤九段、谷川九段、羽生竜王、渡辺棋王、藤井六段)の棋力をAIに分析させてみた

藤井四段と羽生三冠のどちらが強いか、流行の人工知能に聞いてみましたの拡張版として、中学生棋士5人の棋力をAIに分析してもらいました。

 

本稿は4月22日の技術書典4で頒布する「科学するコンピュータ将棋」の一部分となっております。興味がありましたら、是非イベントにお越しください(本書の宣伝ページは此方)。

中学生棋士の棋力解析の全文は此方のページから閲覧可能です(このデータに加え、対局相手との比較などのデータがあります)。

 

 

【人間の強さは良く解らない】

「藤井六段は羽生竜王より強いか」

「最盛期が最も強かった中学生棋士は誰か」

これらは観る将であれば一度は考えたことだと思われます。藤井六段と羽生竜王の成績は非公式戦で1-1、公式戦では1-0です。現時点では藤井六段が勝ち越していますが、勝率を測定する上では全然足りていません。プロ棋士が年間に戦う数は精々50前後であり、この程度の数だと勝率には10%以上の誤差が付随してしまいます。

しかし、対局数ではなく指した手の数に注目することができれば、データを大幅に増やすことが出来ます。年間にプロ棋士が指す手数は3000手を超えているので、指し手から強さを測定する方法さえ見つかれば、棋士の棋力を少ない誤差で測定することが出来そうです。

 

【そうだAIを使おう】

YSSの開発者である山下氏によって、将棋ソフトによって得られる悪手率(手を指す前の評価値と後の評価値の差から求められる悪い手を指す確率)によって、将棋倶楽部24のレートを悪くない精度で測定できることが報告されています。

www.yss-aya.com/20141107gpw_meijin.ppt

本稿ではこの研究の拡張系として、評価値毎の悪手率を計算しています。粘り強さが重要となる劣勢局面での悪手率、研究の深さが重要となる互角局面での悪手率、詰めの腕が重要となる優勢局面での悪手率を比べることで、中学生棋士たちの棋力を調べてみます。

 

【比較と総評】

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横軸が手を指す前の評価値、縦軸が悪手を指す確率(厳密には手を差した前後での評価値の減少分の平均)です。端的に言って低いほど強いです。以下、各中学生棋士たちの評価です。

 

【藤井六段】
藤井六段の最大の強みは有利になった局面での悪手率の低さです。中学生棋士全員の中でもずば抜けて低いです詰将棋で培った終盤力によって紛れを起こさせないことが上手であると言えましょう。また、-200〜200程度の互角の局面でも、中学生棋士達の中で最も良いスコアをあげています。21世紀の若手棋士よろしく、序盤戦略を相当練り込んでいると言えましょう。逆に不利な局面での粘りは意外なことにも中学生棋士の中で最も悪いスコアが出ています。紛れを求めた実戦的な指し回しを学ぶことが今後の課題となるかも知れません。

 

【渡辺棋王
渡辺棋王は勝勢の局面での指し回しが中学生棋士の中でも一番正確です。玉の固さに関する感覚が優れており紛れにくい終盤戦を展開するのが得意なのだと思われます。一方、自分が不利な局面での指し回しはソフト的にはミスが多いようです。「形勢が悪くなると顔に出てしまう」という本人評を反映した形になってしまっています。

 

【羽生竜王
羽生竜王は全体的にスキがなく流石はオールラウンダーといったところです。特に凄いのが不利な局面での悪手率の低さと対局相手の悪手率の高さです。悪い局面では意図的に変な手を指して紛れを求めなければならないとは言いますが、羽生竜王は自身の悪手率を上げることなく、紛れを求められているようです。羽生竜王の大逆転は羽生マジックと呼ばれますが、悪い局面で正確に指しながら、相手を複雑な局面へと追いやることについては、棋界のレジェンドである中学生棋士たちすらも寄せ付けません。羽生竜王自身はほとんどの棋戦でシードであり、対局相手の平均レートが最も高い棋士の一人であるにもかかわらず、このようなスコアを叩き出せるのは驚嘆の一言に付きます。

 

【谷川九段】
最近の谷川九段には自身が少し有利になった局面での指し回しに難があります。評価値+1500以上の勝勢の局面での指し回しは光速の寄せよろしく盤石ですが、そこに至るまでの構想に苦慮している様子が見て取れます。ただし、不利な局面での粘りは健在であるため、ここ暫くの成績の停滞は序盤中盤の研究の時間が取れなかったことが原因なのではと予測できます。

 

【加藤九段】
加藤九段は不利な局面(特に-400〜-600程度の形勢が傾き始めた局面)での指し回しは羽生竜王と並んで最も優れています。不利な局面でも折れずに戦えるのは歴戦の猛者の証左と言えます。また、勝勢の局面での指し回しも血気盛んな後輩たちと比べ遜色ないものとなっています。加藤九段の最大の弱点は有利な局面でのミス率の高さです。棒銀の名手として名を馳せすぎたゆえに、相手に研究をされてしまっているのかも知れません。

 

【総評】
これらのデータを踏まえ、私が予測する2018年時点の中学生棋士の強さの順位は 藤井六段=羽生竜王>渡辺棋王>谷川九段>加藤九段 です。数字の上では藤井六段の方が羽生竜王より強いのですが、対戦相手の平均レート差を加味すると、勝負はこれからであると予想しています。あくまでソフトの予想(しかも、一般的な下馬評と殆ど差がない)ではありますが、棋風を解析することで時代を作る彼らが今後どのように伸びていくかをこういった形式で解析するのも一興でしょう。

 

【改めて宣伝】

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 第五回将棋電王トーナメントのトロフィーも持っていきます。ガラス製の鈍器です。