ネットフリックス、アマゾン、HBOがエミー賞総なめ。俳優たちは「サンキュー、役者を救ってくれて」

「サンキュー、アマゾン!」というのを、最初の1時間で数回聞いた。「サンキュー、ネットフリックス、役者を救ってくれて」という俳優もいた。

9月17日夜、3時間に渡りネットワークテレビ局NBCで放送された、優れたテレビドラマに贈られるエミー賞授賞式の中継でのことだ。ドラマの視聴率でしのぎを削ってきたテレビ局よりも、アマゾン(Amazon)、ネットフリックス(NetFlix)のオリジナル作品が次々と受賞し、会場から驚きの声が上がった。

タイトル総なめの「マーベラス・ミセス・メイゼル」

「マーベラス・ミセス・メイゼル」の監督と俳優

「マーベラス・ミセス・メイゼル」監督のエイミー・シャーマン-パラディーノ(中央)と、主演のレイチェル・ブロスナハン(右)。

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最初の1時間は、Amazon Primeの「マーベラス・ミセス・メイゼル」が、おもしろいように圧勝した。ベスト・コメディシリーズ賞、コメディシリーズ主演女優賞、同助演女優賞、同脚本賞、同監督賞など8部門を総なめ。監督のエイミー・シャーマン-パラディーノが、舞台上で脚本賞と監督賞のトロフィーを両手で振り回しながら、スピーチするという事態になった。

1950年代のニューヨーク。裕福なユダヤ人家庭に育ち、洒落た邸宅、可愛い子ども、見事な体型に美貌と、何一つ不自由ない「奥様」生活をしていたミセス・メイゼル。ところが、夫が浮気し家出したため、ワインをがぶ飲みして入った場末の酒場で、スタンドアップ・コメディアンの才能があることに気づく。

豊かな生活を昼間は続けながら、夜は邸宅を抜け出してコメディアンとして頭角を表していくメイゼル。ネタは、表面上は人に羨ましがられる生活をしていながらも、実は夫に去られ、セックスレスという不満と本音を丸出しにして、多くの人を惹きつけていく。

コメディシリーズ主演女優賞を獲得したレイチェル・ブロスナハンは、「このドラマは、1人の女性が、自分の声(=真の姿)を見出すというのがテーマです。そして、それは今この国のあちこちで起きています」とスピーチ。#MeToo運動、つまり女性の自立や人権の問題につながるテーマがあることを強調し、拍手を浴びた。

「テレビを見ている数百人の皆さん」

「この会場にお越しの数千人の方々と、テレビを見ていらっしゃる数百人のみなさん、こんばんは!」(司会)

エミー賞授賞式中継は、最初から視聴率が低迷するテレビを揶揄するジョークで始まった。 筆者も近くのバーで、「今日はエミー賞をスクリーンに映さないの?」と尋ねたら、バーテンダーが慌てて、フールー(Hulu)の1週間無料お試し会員になってストリーミングで視聴したほどだ。

アメリカでは、テレビを見るのにケーブルテレビや衛星放送を契約しなければならない。しかし、月額料金が高く、アマゾンやネットフリックスが豊富なオリジナル作品を提供しているため、若者はケーブルテレビを契約せず、ドラマやエミー賞授賞式などのイベント、スポーツの試合をテレビで見る習慣がない。バーや病院のロビーなども、もはやケーブルテレビを契約していないところが多いため、サッカーのW杯などがあるストリーミングの無料お試し会員になって、お客に見せている。

受賞作品は軒並みAmazon Prime、ネットフリックス、そして「セックス・アンド・ザ・シティ」で有名な有料ケーブルテレビ局HBOのものばかり。それらの視聴者は普段テレビ番組ではなく、HBOを含めてオンラインでドラマを見ている若者ばかり。 授賞式の中継を見ているテレビを愛好する年配者視聴者にとって受賞作品はどれも「知らないし、見たことも聞いたこともないものばかり」。授賞式を見ても面白くないはずだ。

授賞式の視聴者数も過去最低

テレビの黎明期に番組制作を奨励するために始まったエミー賞は、2018年に70回目を迎えた。しかし、ロイター通信によると、授賞式の視聴者数は前年比11%減の1020万人と過去最低。CBSニュースによると、視聴者数はピークだった1990年代に比べて、半減した。 冒頭のジョークも含めて、オンライン作品を見ていなければ分からないジョークも続いた。

司会者の二人

アフリカ系アメリカ人のマイケル・チェ(右)は『ハンドメイズ・テイル  侍女の物語』(Hulu)でのエピソードを紹介した。

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司会の1人、アフリカ系アメリカ人のマイケル・チェが、こう言った。

「『ハンドメイズ・テイル  侍女の物語』(Hulu)では女性が強制労働をさせられ、望みもしない妊娠をさせられます。黒人は、これを『歴史』と呼びます。でも、このドラマは白人女性にとっては『ルーツ』みたいなもんですね」

名ドラマ「ルーツ」(1977年)は、アメリカにおける黒人奴隷に対するリンチやレイプなどを真正面から描き、黒人の歴史に光を当てた。「ハンドメイズ〜」はフィクションではあるが、女性の人権を非情なまでに無視したストーリーで、話題になっている。

HBOは過去17年間、ノミネート数でトップだったが、今年はネットフリックスに抜かれた。受賞数では、HBO とネットフリックスが23部門ずつで拮抗。最大の作品賞は、2017年受賞の「ハンドメイズ・テイル」とHBOの「ゲーム・オブ・スローン」の一騎打ちと見られていたが、HBOがおさえた。

CMもオンライン配信サービス

クレア・フォイ

「ザ・クラウン」(ネットフリックス)で英エリザベス女王の半生を演じ、ドラマ部門主演女優賞を授賞したクレア・フォイ。

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ドラマ部門主演女優賞も「ザ・クラウン」(ネットフリックス)で、英エリザベス女王の半生を演じたクレア・フォイが受賞した。

ネットフリックスなどのストリーミングでドラマを見て、CMで中断されないことに慣れると、テレビ番組を見る気にもならない。

世界的なイベントも、ストリーミングサービスの会員になれば見られる。2018年のサッカーのワールド・カップ(W杯)も、FOXスポーツが全試合をストリーミングしたため、近所の若者の誰かが毎週、1週間無料お試し会員になり、主な試合を見た。W杯ほどの大イベントでも、誰かケーブルテレビを契約している人を探そうという話にならなかった。

デ・ニーロもアル・パチーノも

テレビ・映画業界にいる人々の間でも「オンライン・シフト」は、著しい。2018年年3月、筆者の近所で名監督マーティン・スコセッシが撮影を行なっていた。「ジ・アイリッシュマン」というドラマシリーズで、2019年にネットフリックスで独占公開する。製作費用は1億2500万ドルと、映画の費用に匹敵する。しかも、主演がロバート・デ・ニーロとアル・パチーノだ。

筆者の友人の女優、ジュニーバ・カーは米最大手テレビ局CBSの人気ドラマで主演している。20年近く、オフ・ブロードウェイの舞台に立ってチャンスを待った結果、手にしたテレビ主演だ。

しかし、彼女の次の目標は今や、ネットフリックスのドラマに主演し、監督することだ。高い費用をかけて「パイロット」(ドラマの試作)を撮影しても、視聴率が低ければ、放送開始後でも、打ち切りになる可能性があるテレビドラマの無駄なシステムに矛盾を感じているためだ。

ネットフリックスであれば、米国内の視聴率や放送地域という制約がなく、世界中の人に作品が見てもらえる。 オンライン配信市場の拡大が続く中、アップルもアマゾンやネットフリックスのように、オリジナル作品の制作に乗り出している。来年の授賞式は、「サンキュー、アップル!」というスピーチが聞かれるかもしれない。(敬称略)

(文・津山恵子)

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