BEENEXT佐藤輝英氏「コロナネイティブの起業家がやってくる」
インド・東南アジア地域有数のVCとして知られるBEENEXT。5年間で投資したスタートアップの数は187社にのぼる

BEENEXT佐藤輝英氏「コロナネイティブの起業家がやってくる」

シンガポールを拠点に、インドや東南アジアのスタートアップに投資を続けてきたベンチャーキャピタル、BEENEXT。世界にインパクトを与える潜在力を持った起業家を新興国で発掘することを目的に、2015年にBEENOS社長だった佐藤輝英氏が開始した投資事業は、この5年で急成長を果たした。

5年間で投資したスタートアップの数は187社、17カ国にのぼる。投資企業はEコマース、金融、ヘルスケア、農業、教育、AI・データ、SaaSと多岐に渡り、各国でシェア上位に君臨する企業も少なくない。運用総額は3億6500万ドルを越え、今ではインド・東南アジア地域有数の外資系VCとして知られるようになった。

急成長するインドや東南アジアも、新型コロナウイルスとは無縁ではいられない。パンデミックが引き起こしたインド経済へのインパクト、そして次の投資機会。実情を、佐藤氏に聞いた。

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――新型コロナウイルスはインドのスタートアップにどのような影響を及ぼしましたか。

佐藤 一言で言えば、巨大な地殻変動です。これは、スタートアップと言うよりも、インドという国家全体に対する影響という表現が正しいと思いますが。

スマートフォンの増加率が象徴的ですが、それまでもインドのデジタル化は進んではいました。しかし、コロナはそのスピードを何倍にも加速させました。デジタルがインフラとしてだけでなく、経済に完全に組み込まれたという印象です。

サプライサイドが一気にデジタル化

顕著だったのは、サービスを提供する側の変化です。具体的には店舗や病院といった、従来遅れていたサプライサイドのデジタル化が一気に進みました。

例えば、オンライン診療。インドでは3月にモディ首相が感染拡大防止のためにロックダウンを宣言し、国民の外出を禁止しました。政府はこのタイミングで、従来は”グレー”だったオンライン診療を公式に認めました。病院は一斉に、オンライン診療へのシフトを進めましたが、そうした仕組みやノウハウを持っていません。いきおい、オンライン診療サービスを提供するスタートアップに頼ることになり、この結果、スタートアップが急成長しました。

――確かに、新型コロナが急拡大した3月から4月にかけて、需要は一旦落ち込みますが、オンラインサービスを提供する企業の業績は、その後急回復しています。

佐藤 インドは人口大国ですから、落ち込みも大きかったけれど、その反発も凄まじかった。増え続ける中間所得層を中心に、より広い裾野にデジタルが浸透し、従来の何倍ものスピードで市場が拡大しました。

”谷深ければ山高し”

コロナのデジタルシフトによって変化した例をもう少し紹介しましょう。一つは不動産業界です。NoBroker(ノーブローカー)という、我々が投資しているインド最大の不動産マーケットプレイスを展開するスタートアップがあります。

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インドも日本と同じように、実店舗で不動産仲介者と対面で商談するのが一般的でしたが、これが一気にオンラインに移りました。コロナ直後は取り引きが凍結しましたが、6月、7月と急回復。8月以降は過去最高の取り引き数、収益を記録し続けています。

あるいは、中古車市場。インドでは、所得のそれほど高くない層は新車よりも中古車を求めます。そしてコロナ感染リスクをさけるために公共交通機関の利用を減らそうとして、自家用車やバイクを持とうとする現象が発生しています。そして町のディーラーで買うよりもオンラインで安全にということで急激なオンラインシフトが発生しました。

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我々が投資しているdroom(ドゥルーム)の売り上げも、3月末からのロックダウン中は一旦減少しましたが7月、8月以降は取引件数、売り上げともに急激に戻ってきており、今のペースでいくと過去最高の売上を達成すること日も近そうです。「山高ければ谷深し」の逆を行く展開といった様相で、教育、宅配サービス、ゲームに関しては、コロナ発生時からいずれも記録的な伸びを記録しています。

業界の優勝劣敗が加速

――凄まじい変化が一気に起きたのですね。

佐藤 この変化で特徴的だったのは、優勝劣敗がより鮮明になったことです。端的にいえば、それぞれの業界のトップにより多くのユーザー、そして投資資金が流れ込み、勝ち組はより強くなったという印象です。

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不安定な時代になると、ユーザーも投資マネーも、より「勝てそうな」ところに流れます。結果として、強いものはより強くなっていく。ですから、これまでの事業の積み上げが、大きな差になって表れます。有事になってから動き出しては遅いとも言えるかも知れません。

言葉を返せば、過去のリーマンショックの時とは状況が違うと言うことですね。確かに、景気は悪化し、一時的な金融市場の混乱や信用収縮は起きましたが、完全に資金の流動性が枯渇したわけではありません。私たちも、5月から投資を再開していますが、より、業界やスタートアップの中での選別が鮮明になったことです。その結果として、強いスタートアップにより多くの投資が集まるようになっています。

仮にコロナが収束したとして、その時のインド経済は以前とは全く違う情景になっていると思っています。それほど、激しい変化が起きている印象です。

日本にも大きな投資機会

――インドを中心に東南アジアで投資を続ける一方で、今年6月には日本向けに「ALL STAR SAAS FUND」を約53億円で組成しました。

佐藤 これはコロナ以前から注目していた動きですが、実は日本にも大きな投資機会が到来していると考えています。デジタル・イノベーションの領域はこれから大きく変化するのではないかと期待しています。

経済の付加価値を「人口×生産性」で表現すると、日本は人口に関しては減少の一途ですから、生産性を上げるしかありません。日本はこれまでデジタル化が遅れていたので、あまり大きなインパクトが見込めず、投資先の魅力も限定的でした。

ところが、変化の兆しが出てきたのが、ここ数年の動きです。いわゆる、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」という言葉に代表されるように、競争力を再び高めるために、デジタル化推進の機運がようやく高まってきた。停滞しているとはいえ、日本は世界3位の経済大国ですから、本気で取り組めばそのインパクトは大きいはずです。

――コロナによって動きが加速するとの期待が高まっているわけですね。

佐藤 そうですね。日本での我々の具体的な投資領域としては、企業向けのSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)に絞っていますが、引き合いも導入も急拡大しています。

日本は今も、オラクルやセールスフォース・ドットコムといった海外企業にとって大きな市場です。つまり、市場のポテンシャルはある。コロナを機に、クラウドサービスに移行し、パッチワークで構築してきた情報システムを刷新しようとする動きは拡大すると見ています。伸びしろはあるでしょう。

「伝統的な働き方」を標準化

――具体的にはどのような領域ですか。

佐藤 注目しているのは、日本の伝統的な働き方や様式を置き換えるようなサービスです。一例として、投資先のスマートHRは、日本の労務や年末調整などの手続きを、デジタル化するソリューションを開発しています。同様に、建設業界のデジタル化を推進するANDPAD(アンドパッド)は、日本の伝統的な建設現場の管理の仕組みをオンラインで可視化させます。現場では、今もLINEのグループチャットで段取りなどを決めているケースが少なくありません。これらがデジタル化されることで、生産性はぐっと上がると期待しています。

コロナの先にある競争軸

――コロナによる経済のデジタル化が進む先にはどのような世界が起きると見ていますか。

佐藤 データをどう生かすかという点に、ビジネスの関心が移っていくでしょう。デジタル化によって取得できるデータが飛躍的に増えるわけですから。

インドでも、スマートフォンの普及と同時に、様々な場所にセンサーが取り付けられ、データを取得するコンタクトポイントはどんどん増えています。データをどう生かすか、ここに商機が生まれると思っています。極端な例ですが、どんな事業の可能性があるかをインドの投資先で説明しましょう。

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このスタートアップは、Stellapps(ステラップス)といって、酪農セクター向けに乳牛の搾乳量や品質管理のデータを可視化する IoTデバイスを作っています。

インドは農業がGDPに占める割合で今も一番大きく、酪農家だけで7000万人もいます。しかし、多くは零細の酪農家なんですね。牛を1頭か2頭を飼っている人々で、毎日、牛乳を搾って近場の市場で売っています。

わずかな稼ぎで、どんなに良い牛乳作っても報われません。必然的に、売る牛乳を水でうすめて誤魔化す人が後を絶ちません。

この状況を解決しようとしているのが、ステラップスです。写真のように乳牛にデバイスを装着します。すると、センサー経由で牛の体調を分析し、ミルクの成分を分析できるようになります。牛乳を水でうすめたかどうかが、その場で判別できるようになります。この結果、まじめに品質の良い牛乳をおさめている農家が誰かが分かるようになるわけです。

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ステラップスは、現状はデータを乳製品メーカーに販売していますが、将来的には金融にも利用しようと考えています。コツコツ真面目に働く農家が分かれば、そこに与信がつけられます。零細の酪農家向けの保険やローンといった金融商品を開発できる可能性があります。先ほども触れたように、酪農家はインド国内だけで7000万人いますから、そこを開拓するだけでも、巨大市場なんですね。

これは、ほんの一例ですが、「データをどう生かすか」に焦点をあてたスタートアップは次々に生まれています。もちろん、個人情報との兼ね合いは常に意識する必要がありますが、事業機会も投資機会も格段に増えていくと思いますね。

コロナの働き方を前提とした起業家

もう一つ、この先に起きる変化は、コロナ後の世界を所与とした動きです。例えば、スタートアップについていえば、コロナ後の働き方をデフォルトとした起業家が増えていくでしょう。インドは向こう1年は感染が減らない可能性があるとも言われていますから、「コロナネイティブ」の起業家は今後どんどん増えていくと思います。

彼らの特徴は、基本、プロダクトのローンチまでに人に一度も会わないという点です。サービス開発からマーケティング、営業、採用まで、すべてオンラインで済ませるようになっていくわけですね。製品以外の差異化がとても難しくなるわけですから、プロダクトの品質がとても大切になります。従来なら、多少製品が悪くても、営業やマーケティングの力で売ることができたけれど、それらの条件がみな同じになってしまいますから。

BEENEXTでも、プロダクトのクオリティにこだわって投資をするように意識しています。プロダクトがいかに光っている起業家を見つけるか。コロナネイティブのスタートアップの優劣を分けるポイントになるのではと思っています。

信頼がより評価される時代

――ベンチャーキャピタルとしての投資の方法も変わりますか?

佐藤 やはり対面で会うことが難しくなっているので、人のつながりがより重要になるでしょう。これまで以上に、「誰々からの紹介」という信頼が大切になる場面が増えるかもしれません。

既に新規投資の8割は人からの紹介です。これまでの実績や、人の信頼関係で構築したつながりの結果、世界各国に信頼できる仲間がいます。彼らが、次の世代の面白い起業家を紹介してくれます。

信頼関係はすぐに構築できるものではありません。平時にいかに、コツコツと信頼を築いていくかが大切になる、ということかも知れませんね。属人的なソーシャルネットワーク価値は、今後さらに重要性を増していくと思います。

とはいえ、投資の最後の決め手はやっぱり人です。何人もの起業家に出会いましたが、卓抜した起業家はもう何というか、眩しいほど目がキラキラしています。今もできるだけ、そうした目の輝きを持った人を探し続けています。

—聞き手は 蛯谷 敏(Satoshi Ebitani)

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長江将史

コテコテの関西人🐙 / LinkedInクリエイター・オブ・ザ・イヤー2021受賞🏆 / パラレルワーカー🏙 / Webマーケティング / ビジネス動画講座プロデュース / 社会人教育 / LinkedInライバー🎙 / さとなおラボ関西一期生 / 6歳児👱♀️3歳児👧の父 / 常何かしら学んでニヤニヤしてる人📚 / LinkedInニュースレター隔月配信中💌 / つながり申請やメッセージもお気軽に❣️

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まさに当社もコロナ禍を前提としてサービス開発していますので、勇気をもらえるとともに、一層気合いをいれていかねば❕と感じました🔥大変勉強になる記事をありがとうございます✨

鈴木祐美子

LinkedIn TOP VOICE | ZEIN株式会社 People & Organization | 中途採用リード | キャリアコンサルタント | 産業カウンセラー | LinkedInラーニング講師 | 元専業主婦(7年)

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色々と考えさせられる記事でした。ありがとうございます。「強いものがより強くなる」という言葉が強烈に突き刺さりました。不安定な時代は、ユーザーも投資マネーも、より「勝てそうな」ところに流れるということ。人材業界もそうですが、より強くなるためにはどのような戦略を立てていくのか。コロナを前提として戦略を練らなければいけないですし、より「勝てそうな」業界、業種、職種がなんなのかを見極める必要があると思いました。

Yuusuke Wada

President of Y.E.Y. inc., Funeral Biz SI and consultant. Founder of jFuneral.com and Researcher of Reform of Death/jFuneral.com

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サプライサイドが一気にデジタル化! そうなんです。 今、葬祭業でもそれが求められています。 問題は葬儀は人と人との関係の職業なのですが、業者間はデジタル化する余地がかなりありまして求められています。

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