特集 2020年4月28日

「雪の宿」はなぜ甘い? 作った会社に聞いてみた

サラダ味のおせんべいに白い砂糖蜜がかかった、甘じょっぱいおせんべい「雪の宿」。

「おばあちゃんの家に行くとあるよね」という問いかけに、ほとんどの国民がうなずく国民的米菓である。

しかし冷静に考えると、なぜ生クリームまで使っておせんべいを甘くしようと思ったのだろう。それってかなり冒険だったんじゃないか。

その辺のところを実際に聞いてきました。

1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

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取材の前に確認したかったこと

「雪の宿」を製造販売しているのは、新潟県に本社をおく三幸製菓さん。営業部の秦野さんと、マーケティング部の後藤さんが対応してくださった。

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左下の画面が三幸製菓の秦野さん(左)と後藤さん(右)。本当は新潟本社にうかがう予定でしたが、オンライン取材で失礼します。

取材をはじめる前に、どうしても確認しておきたいことがある。

今年の1月、当サイトで公開された「雪の宿をなめると聞こえる雪の宿の音」という記事は、ご覧になりましたでしょうか……?

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雪の宿の表面を濡らし、シュワシュワと鳴る音から「雪の宿」を感じるライター大北さんの記事。このあと壁一面の雪の宿192枚に霧吹きをかける。

後藤さん:
拝見しております。読んだ人間は喜んでいましたよ。微力ながら、うちの社内に向けて御社の宣伝もできたかと思います(笑)

怒ってないだろうか……と恐る恐る聞いてみたら、こちらの宣伝までしてくださって、恐縮の極みである。安心して「雪の宿」の成り立ちについてうかがおう。

「雪の宿」を作るためにケーキ屋で修行

「雪の宿」が発売されたのは1977年のこと。今から43年前。『ドリフ大爆笑』や『アメリカ横断ウルトラクイズ』の放送が始まった年だ。

当時の三幸製菓さんは、おせんべい業界のなかでも「最後にできた会社だった」という。

後藤さん:
当時おせんべいメーカーは約3000社あり、そのなかでも弊社は最後発でした。後発のメーカーが市場に入っていくには、新しいものを開発しないといけない。そこで注目したのが甘いおせんべいでした。

醤油せんべいに砂糖をプラスした甘いおせんべい、という商品は既にあった。でも、塩味のサラダせんべいを甘くした商品はまだない。これはいけるのでは!?

……と、思って開発を始めたが、他の会社がやっていないのには理由がある。油分の多いサラダせんべいに砂糖蜜を付着させるのは、技術的に難しかったのだ。

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「雪の宿」のパッケージ裏面に書かれたメッセージ。この域ににたどり着くのが簡単じゃない。

開発者が何度試してもおせんべいに砂糖蜜が付かない。しかしこれを乗り越えないと明日がない。一体どう解決したのか。

後藤さん:
当時の開発担当者が、地元のケーキ屋で修行させてもらったんです。メレンゲの作り方などの技術を習得して、ようやくおせんべいと生クリームを組み合わせられるようになりました。

「ちょっと教えてください」なんてレベルじゃなく修行である。この時点で日曜劇場でのドラマ化が見える。

とは言え、サラダせんべい+砂糖蜜は前代未聞の試み。実際に作ってみたら「そんなに美味しくないかも……」ってなる可能性だってありましたよね……?

後藤さん:
確かにそうですね(笑) やはり最後発ということで、リスクを負ってでもチャレンジしよう、ということだったのだと思います。

こうして完成した全く新しいおせんべい。商品名を考えたのは当時の社長だった。

出張先で泊まった宿で、降りしきる雪を見ながら思いついたのは、「雪見宿」という名前。「雪の宿」じゃない。

後藤さん:
「雪見宿」で商標登録するよう、宿から会社に電話をかけたそうなんですが、連絡を受けた社員が「雪の宿」と聞き間違えて、そのまま「雪の宿」になったと聞いています。

そんな聞き間違い、あとから「雪見宿って言っただろ!」と怒られたっておかしくないのに、よく許されたと思う。

社長の懐は、新潟に降り積もる雪くらい深い。

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「雪」なので、出荷時のチェック項目には「クリームの白さ」も含まれている。ばらつきがないよう、1枚1枚均等にクリームをかけるのも技術がいるそう。
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「カップラーメン」か「おせんべい」か

聞き間違いのトラブルはあったにせよ、「雪の宿」は三幸製菓さんがおせんべい業界に食い込むためのチャレンジだったのは間違いない。あの甘さの裏に、そんなドラマがあったとは。

しかし、ちょっと気になる。なんで最後発という不利な状況なのに、三幸製菓さんはおせんべい業界に参入しちゃったんだろう。

新潟は米どころであり、米菓にはライバルが多い。わざわざ約3000社もライバルがいる業界を選ばなくても、もっとブルーオーシャンなところで商売をしたらよかったのでは……?

秦野さん:
実はですね、うちの前身は漬物屋なんです。創業者のお父さんが漬物屋を営んでいて、なにか新しい事業をやろうとなった。そこで「カップラーメン」か「おせんべい」かで悩んだそうなんです。

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カップラーメンかおせんべいかの二択(写真はイメージです)

時は1970年代、カップヌードルがブームになったころ。世の中のトレンドに乗るか、それとも地元新潟の産業を選ぶか……。

秦野さん:
悩んだ結果、やはり地場産業で地元に貢献しようと「おせんべい」を選びました。漬物屋に米菓事業部ができ、それが徐々に大きくなって、三幸製菓という形で独立して今に至ります。

最後発からのスタートだったが、今や三幸製菓さんはおせんべい業界2位の大手だ。約3000社あったライバルは今や約300社になり、生き残るだけでも相当のことである。

もしも、あそこでカップラーメンを選んでいたら、「雪の宿」も「チーズアーモンド」も「ぱりんこ」もこの世には生まれていない。こんなところにも歴史のifがある。

「クリームを下にする」「かるく焼く」

さて、今度は「雪の宿」の食べ方にフォーカスを当てよう。

皆さん、普段「雪の宿」を食べるとき、無意識にクリームの部分を上にして口にいれていないだろうか。

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小袋から出してそのまま口に運ぶとこうなりますよね。

後藤さん:
この食べ方だとサラダせんべいの部分が舌にあたるので、しょっぱさを先に感じてから甘さを感じますよね。向きを上下反対にして食べると、クリームの甘さを舌でダイレクトに感じられるので、また違った味わいになりますよ。

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またまたそんな……本当だ!

いつもは塩味のなかに甘さが入ってくる感じなのに、逆にすると甘さが主役になって塩味が脇役になる。言われてみれば違うねみたいなレベルでなく、それはもうはっきりと違う。

1つの小袋に2枚入っているから、1枚ごとに向きを変えれば「雪の宿」を2倍楽しめる。これはいいことを聞いた。

後藤さん:
「雪の宿」の新しい食べ方を展開できないか、というのは会社でも追求していて、今年の年末年始にはお雑煮にいれるレシピも提案しました。

公式Twitterから。「おせんべいがトロトロになって美味しかったです!」というリプも。

後藤さん:
あと、これはうちの若手社員が見つけたんですが、バーベキューのときにマシュマロを焼く代わりに「雪の宿」を焼いてみたら、意外と香ばしくて美味しかったそうなんです。こうした新しい食べ方も今後発信していきたいですね。

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トースターで1分くらい焼いてみた。ちょっと焦げちゃったけど、焼けたクリームの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。さらにおせんべい自体がホカホカで、焼きたて気分が味わえて美味しい。

食べ方の工夫もさることながら、「雪の宿」は期間限定商品でいろんなフレーバーを出している。これもまたひとつの「チャレンジ」だ。

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過去の期間限定商品の一部。このうち「特濃雪の宿」は冬の恒例商品になった。「雪の宿南国マンゴー味」という北半球と南半球が一緒になった商品も。

それにしてもメインの「雪の宿」は、サラダ味ひとすじ約40年である。途中で味が変わったりしてないのだろうか。

後藤さん:
発売から7回ほど、塩味と甘さのバランスなど改良を重ねています。改良といっても、しっかり食べ比べないとわからないほどの繊細な違いですが、より現代の嗜好に合うようリニューアルしているんです。

お菓子は近年になればなるほど、味が濃いものが好まれる傾向にあるそう。雪の宿も、ポテトチップスも、チョコレートも「以前の味付けだと物足りなさを感じるはず」(後藤さん)。それはそれで試してみたい。時を戻したい。

さらに、おせんべい業界としては近年「塩味」が伸びてきているという。

後藤さん:
米菓市場全体として、昔ながらの醤油せんべいよりも、塩味のものが好調ですね。特に30代40代は塩味を好まれる傾向が強いです。

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公式キャラクラー「ホワミル」のかわいさ

さっき年代の話が出たが、後藤さん曰く「おせんべい業界全体として、ご年配の方が買われる比率が高い」という。

「雪の宿」も例外ではなく、50代以上が全体の売上の過半数を占めている。おばあちゃんの家にいくと「雪の宿」がある、という肌感覚は正しいのかもしれない。

ただ、そこに課題があると後藤さんは語る。

後藤さん:
ご年配の方にお買い上げいただいているのはありがたいのですが、若い方が食べる機会を増やせていないんです。期間限定商品でいろんな味を出しているのも、新しいお客さんを取り込むため。2014年には公式キャラクラーも作りました。

その公式キャラこそ、パッケージで微笑んでいる「ホワミル」だ。

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パッケージにもホワミルがいるし、
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小袋ひとつひとつにもホワミルがいる。

ホワミルは「やど村からやってきた生クリームの妖精の男の子」、誕生日は8月10日(宿の日)、好きな色は白(公式HPより)。キャラクラーは公募で決定され、2500通を超える応募のなかから選ばれたという。かわいい。

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かわいい以外の言葉がない

公式Twitterも毎日かわいい。

ケーキ屋さんに修行に行くほどの挑戦から、40年以上続くベストセラーになっても、かわいいキャラクラーを作ったり、お雑煮に入れてみたり、今なお新しい試みが続く「雪の宿」

そして三幸製菓さん自体も、かりんとう事業に参入したり、お米を使ったスナックを開発したり、昨年はアーモンド菓子も手がけている。チャレンジが続いている。

後藤さん:
やはり創業当時のチャレンジ精神というのが引き継がれていますね。米菓に限らず、さまざまなことに挑戦し続けていければと思います。

おばあちゃんの家にあるよなぁ、と、ぼんやり考えていた「雪の宿」。取材後改めて向き合うと、白いクリームがチャレンジ精神の結晶のように見えた。反対向きにして食べよう。


チーズアーモンドもある

三幸製菓さんには「雪の宿」以外にも「チーズアーモンド」がある。米菓+チーズ+アーモンドなんて、やっぱりチャレンジの固まりだろう。すごい。

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取材中にもホワミルのぬいぐるみが登場。会いに行きたかった……。

取材協力:三幸製菓

※編集部より ライター井上さんがおいしいものを取材するシリーズ、前作の「シャウエッセン入門」もぜひご覧ください!

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