バレンタインデーにチョコを渡す。日本特有の恒例イベントだが、特定の人に向けた「本命チョコ」から、日ごろの感謝の気持ちを示す「義理チョコ」、自分へのご褒美に買う「自分チョコ」などさまざまな“進化”を遂げてきた。

 ただ、消費を促すこのようなイベントに不快感を示す声は以前からあったが、最近はその逆風が強まりつつある。人気のチョコ菓子「ブラックサンダー」を製造販売する有楽製菓(東京都小平市)の河合辰信社長は、理由の1つに「義理チョコが『義務チョコ』になる悪しき文化が生まれたこと」を掲げる。義理チョコ=ブラックサンダーとしてマーケティング活動を行ってきた同社は、そうした反省から「義理チョコ煽(あお)り」の方向を転換するという。前回『ブラックサンダー『義理チョコ煽ってごめんなさい』のなぜ」に続き、河合社長に、自身が考える「楽しいバレンタインへの回帰策」を語ってもらった。


義務チョコにはワクワク・ドキドキ、愛がない

<span class="fontBold">河合辰信(かわい・たつのぶ)氏</span><br />1982年生まれ、愛知県豊橋市出身。横浜国立大学大学院修了後、外資系企業を経て、2010年有楽製菓入社。入社後はマーケティング部の立ち上げを行い、独自色の高い広告やプロモーションでブランド認知を高めた。2018年から現職。(写真=稲垣純也)
河合辰信(かわい・たつのぶ)氏
1982年生まれ、愛知県豊橋市出身。横浜国立大学大学院修了後、外資系企業を経て、2010年有楽製菓入社。入社後はマーケティング部の立ち上げを行い、独自色の高い広告やプロモーションでブランド認知を高めた。2018年から現職。(写真=稲垣純也)

前回、義理チョコの義務チョコ化を反省して方針転換するという話がありました。ブラックサンダーや有楽製菓としての今後のブランド戦略などを教えてください。

河合辰信・有楽製菓社長(以下、河合氏):義務チョコの一番の問題は、「楽しくない」という点にあります。義務で渡して、義務でもらう。これでは誰も楽しくない。一方で、学生時代のバレンタインデーって、甘酸っぱい気持ちがありませんでしたか。

 チョコをもらえるかどうか、2月14日が近づくとソワソワしたり。まぁ、もらえないことが多いんですけれど(笑)。でも、不意にチョコをもらえたら、その人のことを急に意識してしまうなんてことも。義理チョコと分かっていても、ついニヤニヤしてしまいます。

 贈る側としても、小さな勇気が必要だったり、義理チョコしか渡せないけれど、本当は本命チョコを渡したい! なんていう気持ちも裏側にあったり。悲しい思いをした人もいるでしょうが、それも含めていい思い出というか。どこかワクワクする気持ちや雰囲気があったから、バレンタインは定着したのではないでしょうか。

 そんな、楽しいバレンタインへの回帰として「皆様にもっと自由にバレンタインを楽しんでもらう」をテーマとする転換を図っています。

青春時代にあったバレンタインデーのワクワク感が今年のテーマとなったんですね。

河合氏:バレンタインの限定商品として甘酸っぱい青春をイメージした、「青春サンダー」を発売しました。青春サンダーの本体は真っ青で、食べるとフリーズドライのいちごの味わいを感じられる。そんな甘酸っぱい味わいで、食べている間だけでも青春時代を思い出してもらいたい商品になっています。

今回のバレンタインデーでは、特設のECショップで、ユニークなセット商品が発売されていますね。

河合氏:青春時代って、バレンタインデーに登校すると下駄(げた)箱や机の中にチョコが入っているんじゃないかと期待しませんでしたか? 中をのぞくときに「入っててくれ!」というような願掛けみたいな気持ちってありましたよね。でも、大人になるとそうした体験をできる機会がなかなかありません。であれば、青春時代を体験できるキットを作っちゃえ!と。

それで出したのが…。

河合氏:「学習机+椅子付ブラックサンダー」です。ブラックサンダーに学習机と椅子が付いて1万6280円(価格はすべて税込み)。あと「下駄箱付きのブックサンダー」。こちらは2万2000円です。

「机の中にチョコあるかな…」という青春時代の忘れモノを取り返したい人向けの「学習机+椅子付ブラックサンダー」(1万6280円)は完売
「机の中にチョコあるかな…」という青春時代の忘れモノを取り返したい人向けの「学習机+椅子付ブラックサンダー」(1万6280円)は完売
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もう、どうかしていますよね(笑)。しかも机と椅子のセットや下駄箱セット、完売しているじゃないですか。こんな斜め上の発想が通るのもすごいです。

「下駄箱付ブラックサンダー」(2万2000円)も売り切れ。「法人でご購入されたお客さまも」(河合社長)
「下駄箱付ブラックサンダー」(2万2000円)も売り切れ。「法人でご購入されたお客さまも」(河合社長)
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河合氏:意外なことにと言ったら怒られますが、「ブラックサンダー500本セット」(1万800円)や「ブラックサンダーマフラー」(1万1000円)も完売です。あと、チョコをやり取りするリア充たちに「鉄ついを下したい」人たち向けに、「リア充爆破スイッチ」(3828円)も作ったのですが、これも完売しました。

もはやブラックサンダーすら付いていない「リア充爆破スイッチ」(3828円)も売り切れに
もはやブラックサンダーすら付いていない「リア充爆破スイッチ」(3828円)も売り切れに
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ブラックサンダーすら付いていないじゃないですか(笑)。ちなみにリア充爆破スイッチはどなたが考えられたのですか。

河合氏:私です。

さすがです。

河合氏:ありがとうございます。

誰も止めずに、さらに面白おかしく高めていく環境が素晴らしいですね。ちなみに、この「煮干し付きブラックサンダー」って何ですか?

2月14日は「にぼしの日」でもある。全国煮干協会に代わり、勝手に啓蒙するため「煮干し付きブラックサンダー」(214円)を発売
2月14日は「にぼしの日」でもある。全国煮干協会に代わり、勝手に啓蒙するため「煮干し付きブラックサンダー」(214円)を発売
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河合氏:語呂合わせで、全国煮干協会が2月14日を「にぼしの日」と制定しているんです。なので、私たちが普及のお手伝いをしようと勝手に商品化しました。

ブラックサンダーの企画会議、一度参加してみたくなりました(笑)。

「何をやっても許される」ブラックサンダーの立ち位置

ブラックサンダーが何かやると、多くのメディアが報じる。それに対してファンがついてくる。そんな良い循環が起きていると感じています。

河合氏:バレンタインデーに注目されるだけでなく、ブラックサンダーは常に面白いことをやる。そんな立ち位置をずっと目指しています。

 たとえば、京都土産を製造・販売する美十(京都市)が監修した「京都ブラックサンダー」。面白いことがやりたいと美十さんからコラボを持ちかけられました。この商品のキャッチコピーを考えていたとき、当社ではなく美十さんから「応仁の乱以来の衝撃!!!!!!!! 」というキャッチコピーを提示されたんです。

「応仁の乱以来の衝撃!」のコピーがまぶしい「京都ブラックサンダー」
「応仁の乱以来の衝撃!」のコピーがまぶしい「京都ブラックサンダー」

こちらから出したら「ふざけるな!」と怒られそうなコピーですね。京都の人が自ら言ってくれているからいいものの。

河合氏:11年続いた争いで、その後100年におよぶ戦国時代の始まりでもありますからね。ある意味で不謹慎にも感じられるこのフレーズ。商品の驚きを伝え、ほかの土産物に埋もれないインパクトもある。そうしたキーワードが自社ではなく他社から出されたことに感動しました。会社として、ブラックサンダーってこういう商品を作るよねといった感覚が、皆さんに知られていることが非常にうれしかったです。

 ブラックサンダーがやるから面白い。ちょっと怒られるようなことをしても、お菓子という文脈から外れなければ許される。そんな社風を外から評価してもらっていると実感できました。

 次に何をやってくれるんだろうというハードルが上がっていく気もしますが、その期待値の上をしっかり飛び越えていくのがブラックサンダーだと思っています。

ブラックサンダーのこれから

河合社長は、2018年に35歳の若さで有楽製菓の3代目社長に就任されました。もともと継がれるつもりだったのでしょうか。

河合氏:いえ、実は有楽製菓を継がないつもりで考えていました。常々「兄弟どちらかしか有楽製菓に入社させないからな」と言われており、兄が入社するものだと考えていたので、弟の私は外資系IT企業に就職しました。

 しかし、兄が亡くなり、自分のキャリアを考えていたタイミングとも重なったので、有楽製菓に貢献したいと思い、入社を決めました。入社後、製造現場などで経験を積んだ後で、新設するマーケティング部に配属されることになりました。新たな風を起こそうと躍起になっていましたね。

そこで義理チョコというキーワードにフォーカスされたのですね。

河合氏:これまでは営業部の下に商品企画部が存在したのですが、マーケティング部は独立した部署として新設されました。後から聞いた話ですが、先代は、マーケティング部はブラックサンダーに続く新たな事業の柱となる製品を生み出すという目的があったようです。ただ、私自身はブラックサンダーの売り上げをまだまだ増やせるという考えがありました。

 現在はブラックサンダーの成長と同じく、双璧をなすような新製品作りに日夜トライしています。ミニストップでは、「PICKS ふ わっ」「PICKS とろっ」「PICKS さくっ」という食感を売りにしたチョコを。ローソンでは、「Maico アーモンド&ベリー」 と「Maico くるみ&オレンジ」という食べ応えや味わいを売りにした商品を先行販売しており、好評をいただいております。

コラボ商品やブラックサンダーの高級路線も発売されていますが、売れ行きはどうでしょうか。

河合氏:新型コロナウイルスの感染拡大による影響は少なからずありますが、ありがたいことに売れ行きは好調です。おかげさまでコラボ機会も数多くあり、高級路線の商品も受け入れていただけているようです。

「グラニースミス アップルパイ アンド コーヒー」とのコラボ商品。上品な「“ブラックサンダー” アップルパイ」にコラボを示すピックが載り、インパクトは抜群だ
「グラニースミス アップルパイ アンド コーヒー」とのコラボ商品。上品な「“ブラックサンダー” アップルパイ」にコラボを示すピックが載り、インパクトは抜群だ

河合氏:既存の枠組みを超えた斬新な商品を作ったり、より大きくブラックサンダーの世界を広げたりするような、そんなコラボを今後も仕掛けていきたいです。今後はチョコの枠組みを超えていけたらと。

どのような野心があるんですか?

河合氏:まだ私の頭の中で考えているだけですが、カフェの出店やアパレルブランドの立ち上げなどはやってみたいです。

カフェはシナジーがありそうですが、アパレルですか。

河合氏:オフィシャルショップではTシャツやマスクなどを販売していますが、本格的にもっと大きくブラックサンダーの世界を広げたいと考えています。今はまだ、日本とアジアでの展開がメインです。そうした活動を経て有楽製菓のチョコが全世界で食べられるようにするのが、遠いですが私が目指している目標です。

(写真=稲垣純也)
(写真=稲垣純也)

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