史上最強の棋士・羽生善治九段(49)王者の系譜を継ぐ藤井聡太二冠(18)に初勝利 王将戦リーグ1回戦
9月22日。東京・将棋会館において第70期挑戦者決定リーグ▲藤井聡太二冠(18)-△羽生善治九段(49)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページなどをご覧ください。
10時に始まった対局は19時17分に終局。結果は80手で羽生九段の勝ちとなりました。
羽生九段は藤井二冠を相手に、公式戦5戦目にして初勝利。王将挑戦、王将復位に向けて幸先のよいスタートを切りました。
羽生九段、密度の濃い一局を制す
後手番の羽生九段が横歩取りに誘導。藤井二冠が序盤早々に飛車角交換をして、激しい変化に進みました。
難解で密度の濃い中盤戦からいよいよ終盤に入ろうというところ。
57手目。藤井二冠は端9筋で得た香を2筋に打ち据えます。遠く羽生陣の金をにらんだ厳しい攻めでした。この手に15分を使って残りはわずか7分。対して羽生九段は1時間16分を残しています。盤上の形勢は不明。一方で時間は大差がつきました。
羽生九段はジャケットを脱いで半袖シャツ姿になりました。
「いやー」
「そうかー」
そう何度も口にしていた羽生九段。史上最強の棋士が何を「そうか」と合点しているのかは、私たち観戦者には到底わかりません。
筆者手元のコンピュータ将棋ソフト・水匠2はここで千日手が最善という読みを提示していました。それほど形勢は拮抗していたということでしょう。藤井二冠も水匠2を使っているのは、私たちと変わりません。ただし藤井二冠の自作高性能マシンは1秒間に6千万手を読むことができます。
そして藤井二冠自身が盤を前にしてどれほど読めるかといえば、それは正確に測ることはできませんが、おそらくは途方もない量なのでしょう。
藤井二冠の香打ちを見て、羽生九段はこんこんと読みふけります。ちょうどこの頃、アクセス殺到のためか、将棋プレミアムのサーバも落ちて、多くの観戦者は対局者の姿を見られなくなりました。
考えること47分。羽生九段は金を逃げず、藤井陣に飛車を成り込みます。羽生九段の残り時間も29分にまで減りました。
藤井二冠は中段の角2枚を主軸に、桂を跳ね出して寄せにいきます。ただしソフトが千日手として示した手順とはわずかに違います。
羽生九段は5分考えました。そして自陣を受けず、藤井陣の金取りに桂を打ちます。ここは攻め合いが最善という判断だったのでしょう。
互いに桂を相手陣に成りこんで勝敗不明、白熱の終盤戦となりました。
残り5分の藤井二冠。2分を使って67手目、筋違い角を羽生陣四段目に前進させました。
そしてこの瞬間――。藤井玉にはあまりに美しい詰み筋が生じていました。
手数は二十手近くかかります。詰将棋を解くのが世界一速い藤井二冠がうっかりしたぐらいです。それはもちろん簡単な手順ではありません。しかし確かに、鮮やかに藤井玉は詰んでいます。
考えること8分。羽生九段はその詰み手順を読み切りました。まずは藤井玉の真下、龍をただで取られる位置に王手ですべりこませます。取ればすぐに詰んでしまう。藤井玉は上に逃げるよりありません。
そこから3手目、再び龍をタダで取られるところに動かすのが継続手。これもまた取れば詰んでしまいます。よろけて逃げる藤井玉。羽生九段は冷静沈着に誤ることなく、香を捨て、さらには金を捨て、王手を続けていきます。
80手目。羽生九段は金を打って王手をかけます。もちろん藤井二冠はその手が指されるずいぶん前から、自玉の詰みはわかっていたことでしょう。
なおも王手は続きます。しかし藤井二冠は次の手を指さず、そこで投了を告げました。
王将位通算12期、タイトル通算99期の王者羽生九段。王者の系譜を継ぐ若き藤井二冠に公式戦初勝利を収め、王将挑戦、王将復位に向けて、大きな一歩踏み出しました。
本局は短手数ながら、密度の濃い一局でした。結果的には藤井二冠の67手目が敗着ということになりそうです。そこで自玉の詰み筋に気づいていれば、他の手を指したことでしょう。
振り返れば昨年の王将リーグ最終戦。勝てば王将挑戦決定という大一番で藤井七段は広瀬章人竜王(肩書はいずれも当時)を相手に、最後は「頓死」で敗れています。
それもまた簡単な手順ではありませんでした。「あれは頓死ではない」という見方をする人もいました。もちろん、普通の人がそうやって詰まされれば「頓死」とは言わないでしょう。
しかし藤井二冠の並外れた技量から考えれば、やはりそれは「頓死」と言えるかもしれません。そうであれば本局もまた、藤井二冠は「頓死」で敗れたということになるでしょう。
もちろん藤井二冠を誤らせて勝ちきることができるというのは、それだけの実力がなければ無理です。前期の広瀬竜王しかり、そして今期の羽生九段しかりでしょう。
竜王挑戦で100期目のタイトル獲得が期待される羽生九段。もしかしたら今年度が終わる頃には王将位まで獲得して、タイトル通算101期になっている可能性もあるのかもしれません。
黒星スタートとなった藤井二冠。もちろんまだ挑戦の目がなくなったわけではありません。ここからの巻き返しが見られる可能性も十分にありそうです。
開幕からこれほどの熱戦が見られた王将戦リーグ。全21局のうち、まだ1局が終わっただけです。