追跡めんたいこ!海外依存の歴史を探る

追跡めんたいこ!海外依存の歴史を探る
福岡放送局に勤務して2年半。博多名物の「めんたいこ」に愛着を持ってきましたが、ことし2月のロシアによるウクライナ侵攻のあと、めんたいこの主な原産地がロシアであることが、ここ福岡でもクローズアップされ、私自身、その事実に驚きました。なぜめんたいこがこれほどまで海外に頼らざるをえなくなったのか。そんな疑問を持ちながら取材を始めました。(福岡放送局記者 西潟茜子)

めんたいこの歴史

取材に応じてくれたのは、創業48年の「やまやコミュニケーションズ」です。
福岡のめんたいこの老舗と言えば「かねふく」「ふくや」などがありますが「やまや」もその1つで、もつ鍋店やカフェなど幅広い外食事業に乗り出している会社です。

そのやまやで広報の窓口を務める江口勝彦さん。
この道38年の会社の“番頭さん”とも呼べる存在です。

そんな江口さんに、めんたいこの基本の「き」から教わりました。

めんたいこは、韓国の「たらこのキムチ漬け」が発祥とされますが、日本での歴史は戦後「ふくや」の創業者が博多の中州で販売を始めたのが最初とされています。

全国に知られるようになったのは高度経済成長期終盤の1970年代。

山陽新幹線が博多まで延びたこともあって、関東や関西にも博多のめんたいこが知られるようになったのです。

めんたいこの原料はスケソウダラです。
そのころ水産大国だった日本では、スケソウダラの遠洋漁業が盛んに行われていたほか、北海道の近海でも国産のスケソウダラが収穫できていたそうです。

1977年に国際規制(200海里規制)ができたことで、日本の遠洋漁業が減少していきますが、それでも日本近海でスケソウダラが収穫できていたため、江口さんがやまやに入社した1980年代半ばでも、めんたいこは国産ばかりだったと言います。

ところがその後、乱獲などもあって日本近海で収穫されるスケソウダラも減っていきます。

一方、日本での需要は年々拡大。

コンビニのおにぎりやめんたいこパスタなどへの用途も広がり、外国産に頼るようになっていきます。

その中で着目したのが、ロシアでとれるスケソウダラでした。

とくに1980年代後半の東西冷戦の緩和と、その後のソ連崩壊をきっかけに日本からロシアへのスケソウダラ漁の技術指導も盛んになりました。

スケソウダラからすばやく卵を取り除いて凍結する技術がロシアにも浸透し、アメリカ産などよりも価格が安いロシア産への依存が強まっていきました。

知られざる輸送ルート

いまではその原料・スケソウダラのほとんどが外国産となっている日本のめんたいこ。

業界団体の調べでは、外国産スケソウダラの割合は9割ほどにのぼっています。
では、いま私たちが食べるめんたいこは、どこで収穫、製造され、どのように日本に運ばれてくるのでしょうか。

まずスケソウダラの主な「漁場」となっているのが、ベーリング海。

カムチャツカ半島とアラスカ半島に挟まれた太平洋北部の海域です。

スケソウダラが産卵のために海面近くに浮上してくる12月から4月にかけて、ロシアやアメリカの大型漁船による漁が活発になるとのことです。

収穫されたスケソウダラは船内の作業場で身と卵に分けられます。

そして卵は冷凍された状態で韓国のプサン港に水揚げされ、卸業者を介して日本の会社に渡るということです。
軍事侵攻のあと、ロシアへの制裁措置として、日本でもさまざまなロシア産品の輸入規制がとられましたが、スケソウダラの卵はその対象にはなっていません。

私たちがスーパーなどで購入しているめんたいこが、こうしたルートをたどっているのだと、あらためて考えさせられました。

加工工程は国内回帰

この輸送ルートについて取材を進めていたところ、「やまやがベトナムで行ってきた加工工程を日本に移管することになった」という話を耳にしました。

ロシアでとって韓国を経由するルートにすら驚いていたのに、また新たにベトナムという国が出てきました。

やまやは、韓国のプサン港に揚げられた冷凍の卵をいったんベトナムの委託工場に持ち込んで、ここで塩漬けの「たらこ」にする加工を行っていたのです。
ベトナムでこの工程を行ってきた理由はコストの安さ。

やまやも、ほかの日本企業と同じように、アジアの安い労働力を求めて、40年前から韓国、中国、ベトナムへと、この加工拠点を移し替えてきたとのことでした。

ところが、海外で生産するメリットが次第に薄れていきました。

経済成長が著しいベトナムでは労働者の賃金が年々上昇。

さらに、円安が進んだことでさまざまな経費がかさんでいったとのこと。

現地の人件費は10年前と比較すると3倍以上に膨らみ、国内で販売する分については国内生産へと移管することを決断したのです。

やまやは来年4月、ベトナムで行ってきた加工工程を福岡県篠栗町に新設する工場に移管します。

ここではAIも活用して作業工程を自動化するシステムを導入するということです。
山本正秀社長
「多くの食品会社が人件費が安い海外で生産を続けてきたが、この20年で人件費の差が縮まった。コロナ禍で輸送が止まるリスクも経験したこともあり、国内生産に切り替える会社が増えていくと思う」
最近、産業用ロボット大手「安川電機」、音響機器メーカー「JVCケンウッド」、生活用品メーカー「アイリスオーヤマ」なども、生産拠点を国内に戻すことを決めています。

人件費の高騰や円安、サプライチェーンの混乱や経済安全保障の問題を背景に日本企業の間で“国内回帰”の動きが広がっていることが見えてきました。

どうなる食の海外依存

グローバル化が進む中で日本は食料の多くを海外から輸入し、その加工についても海外に委ねるようになっています。

しかし、新型コロナの感染拡大やロシアの軍事侵攻、それに歴史的な円安など食を取り巻く状況が大きく変わり、こうした“食の海外依存”にひそむリスクが浮き彫りになっています。

日本に必要な食料をどこでどのように作るのか、1人の消費者として真剣に考えねばならないと思いました。
福岡放送局記者
西潟茜子
2020年入局
福岡で事件、医療・災害の担当を経て
現在は経済分野を取材
学生時代はウイルス研究に没頭